村田沙耶香『変半身(かわりみ)』

松井周×村田沙耶香のコラボ企画。松井周による舞台をみたので、当然のこととして村田沙耶香による小説版も読んでみた。 演劇版と共通するのは千久世島という離島が舞台であることと、「もどり」という秘祭の存在くらい。芝居ではけっこう重要な役割を果たした、ボーボー様とボビ原人というこの島に伝...

テッド・チャン(浅倉久志他訳)『あなたの人生の物語』

ようやく新作の飜訳が出るというので、復習という意味でなんと15年ぶりの再読。思った以上に忘れていた。 せっかくなので一編ずつコメントをつけておこう。 『バビロンの塔』。本書の半分くらいがそうだが、この世界とは異なる物理法則・トポロジーの世界の物語。これは円盤状の地上と天動説。巨大都市...

スチュアート・タートン(三角和代訳)『イブリン嬢は七回殺される』

年も押し迫ってきたところで、すごい作品に出会えた。間違いなく今年読んだミステリーの中でナンバーワン(他にミステリー読んでないけど)。 探偵が犯人を見つける単純なミステリーではなく、探偵役の主人公が失敗しながら同じ日を何度も繰り返すというギミックがついている。しかもそれぞれ別の人物の...

ギョルゲ・ササルマン(住谷春也訳)『方形の円 偽説・都市生成論』

36の架空の都市を題材にした短編集。といえばイタロ・カルヴィーノ『見えない都市』が思い浮かぶ。これはルーマニア出身の作家によるもの。読み終わるまで新鋭作家が『見えない都市』を下敷きにして発展系として書いたものだとばかり思い込んでいた。それにしてはオーソドックスで、『見えない都市』...

スチュアート・ダイベック(柴田元幸訳)『シカゴ育ち』

16年前に初めて読んだときにはほとんどよさがわからなかったが、先日たまたま部屋の隅で埃をかぶっていたこの本を発掘したときにひっかかるものを感じた。前回読んだときはは物語が発するリズムとぼくが求めているリズムが一致しなかったのかもしれない。それで試しに最初の作品『ファーウェル』を読...

小山田浩子『工場』

3編収録の中短編集。 表題作の『工場』は巨大な工場で働く立場の異なる3人の目から「工場」という不条理空間を描いた作品。不条理と書いたがこの工場はごく普通の日本の大企業であり、そういう場所を経験したことのある者からみたらごく日常的なことしか起きない。むしろ今の標準的な労働環境からみれ...

劉慈欣(大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳)『三体』

文革の混乱でなにもかも失った女性科学者の物語から始まり、現代の科学者たちの謎の死へと一転する。そして、写真に写り込むカウントダウンの数字と『三体』という謎のVRゲーム。序盤からもう圧巻だが、中盤以降の謎解きパートになっても、アイデアの噴出量が落ちない。圧巻のSFエンターテインメン...

カルロ・ロヴェッリ(冨永星訳)『時間は存在しない』

イタリア出身の理論物理学者による時間についての本。 大きく三部構成。 第一部は、現代物理学の知見が動員され、時間の性質としてぼくらが日常的に思っているようなものは存在しないということが示される。まず、時間はどこでも変わりなく流れるものではない。流れ方は場所や速度によって異なるので、現...

『掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集』(岸本佐知子訳)

この本を紹介する方法で、すぐに思いつくのは、作者はこういう人で、こういう人生を送って、それと作品にはこんな関係があるんですという、ライ麦畑のホーラン言うところの《デーヴィッド・カパーフィールド》式のやり方だ。この作者の場合、このやり方で書くべきことはとても多いし、たぶんそれだけ読...

ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』

『サピエンス全史』は現生人類の過去についての本だったが、こちらは未来がテーマだ。最初のうち、同じ材料の残り物を使っているように感じたが、できあがった料理はまったく別物だった。 現生人類ホモ・サピエンスがほかの人類や動物たちに打ち勝って覇権を確立したのは、多数で協力することができたか...

アンナ・カヴァン(山田和子訳)『アサイラム・ピース』

長編『氷』に続いて二冊目のアンナ・カヴァン。こちらはキャリアの初期に書かれた短編集だ。 短編集というとおもちゃ箱みたいに多様な作品が含まれていることを期待してしまうが、これは一色といっていいだろう。それも極度に陰鬱な色合いだ。表題作の『アサイラム・ピース』は、精神を病んだ患者のため...

加藤陽子『戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗』

読み始める前は全く意識してなかったが、もうすぐ終戦記念日。いいタイミングで読むことができた。 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』と同じく中高校生に対して行った講義をまとめた本。『それでも』は、明治維新以来日本が関わった4つの戦争について、その意思決定を取り上げた本だが、今回はそ...

ダフネ・デュ・モーリア(務台夏子訳)『デュ・モーリア傑作集 人形』

ダフネ・デュ・モーリアはヒッチコック映画の『レベッカ』や『鳥』の原作で知られるイギリスの小説家。1907年に生まれて1989年に亡くなっている。これは比較的初期の作品を集めた短編集。 映画化された作品からはサスペンスフルな印象を受けるが、この本に収録されているのは、男女の心のすれ違...

佐藤亜紀『バルタザールの遍歴』

ちょっと間があいてしまったが2冊目の佐藤亜紀。最新作から読み始めたが、いったん処女作に戻ることにした。他の作品を知らないので偶然と言っていいかどうかわからないが、『スウィングしなけりゃ意味がない』同様ナチが絡んでくる話だ。 ひとつの身体に2つの人格、バルタザールとメルヒオールが同居...

奥泉光『グランド・ミステリー』

タイトルや紹介文から、戦時中を舞台に将校が探偵役を務めるミステリーかと思ったが、いい意味で裏切られた。そういう枠組みをはるかに超えるすばらしい作品だった。今年前半に読んだ本で間違いなくナンバーワン。 第一章は、真珠湾攻撃に携わった海軍将校二人の視点から描かれた戦記物の体で進んでいく...

柴田勝家『ヒト世の永い夢』

ふざけたペンネームだと思っていたが、作品は本格的だった。名前を聞いただけでワクワクしてくる南方熊楠、江戸川乱歩など昭和初期の名士たちが活躍し、粘菌による人工知能を開発し、少女型「人形」に組みこむという、ロマンあふれるSF巨編。 エンタメとしても王道だが、夢と現実をめぐる哲学論議も奥...

J.G.バラード(村上博基訳)『ハイ・ライズ』

バラードは大昔に『結晶世界』を読んだきりだったが、このところSFと主流文学の境界を渉猟していて、避けて通れないことをあらためて認識したので、割と最近映画化されて有名な本書から手をつけてみた。 40階建の高層アパートメントを舞台にした内戦状態を描いたディストピア小説だとばかり思いこん...

山下範久編著『教養としての 世界史の学び方』

具体的な世界史上の出来事ではなく、世界史を記述する歴史学という学問がどういうもので、その記述としての世界史は現状どうあるべきであることになっているかということについてのメタな本。もともと歴史学を学ぼうとする学生の教科書として企画されたというのも頷ける。 第I部は『私たちにとっての「...

グレッグ・イーガン(山岸真編訳)『ビット・プレイヤー』

イーガンの日本で編まれた6冊目の短編集。とはいえ、今回は短編というには少し長めの作品ばかりだ。 『七色覚』は遺伝的な障害を逆手に色覚を人為的に拡張した人々のたどるその後の人生。ちょうど色覚に関する解説記事を読んでいたので、理解しやすかった。苦い結末になりそうでならなかったのはイーガ...

山尾悠子『増補 夢の遠近法 初期作品集』

最近文庫で新刊がでて、山尾悠子という名前を初めてきいたのだが、読むならまず初期作品集と銘打ったこちらだろうと大きな本屋にいって入手した。 分類すれば幻想小説なんだけど、まさか日本語圏にここまで幻想世界の構築力にあふれた書き手がいるとは思わなかった。しかもそれが硬質で語彙力豊かな文体...