読書ノート

ウラジーミル・ソローキン(望月哲男、松下隆志訳)『青い脂』

はじめてのソローキン。まったく予備知識なしに読み始めた。 冒頭、シベリアの奥地で7ヶ月間の極秘任務についた生命文学者ボリス・グローゲルが年下の同性愛の恋人に送る書簡という形で物語は進められる。任務は青脂という温度とエントロピーが不変の物質の製造だ。そのためにロシア文学の文豪のクロー...

稲葉振一郎『不平等との闘い ルソーからピケティまで』

タイトルをみて、そういえばピケティブームあっという間に過ぎさってしまったな、という感慨に打たれたが、『21世紀の資本』の邦訳出版が2014年末で、もうそれからそれなりに年月が経過しているのだった。時の流れが速すぎる。 『不平等との闘い』というタイトルには煽りが入っているやも。中身は...

ベン・H・ウィンタース(上野元美訳)『地上最後の刑事』

舞台となっているのはほぼ現代だが、半年後に直径6.5kmの小惑星が地球に衝突し人類の半分以上が即死し文明の消滅が確定しているという設定。秩序はかろうじて保たれているが、自殺したり、離職して死ぬまでにしておきたいことリストを実現しにいく人が続出して、衝突前から文明は崩壊しはじめてい...

海猫沢メロン『明日、機械がヒトになる ルポ最新科学』

SR, AI, アンドロイド、3Dプリンター等今ホットなな科学技術の第一人者に取材した科学ルポの形をとりつつ、幼い頃は自分をロボットだと思っていたという筆者の「人間と機械の境界はどこか」という疑問を解き明かそうとした本。インタビューの合間に著者の独白がはさまる構成が斬新だ。 人間にそもそも自由...

グレッグ・イーガン(山岸真、中村融訳)『クロックワーク・ロケット』

異形で独自の生態と文化を持った知的生物が科学技術で世界の有り様を探るなかで危機に気がつきそれを乗り越えようとする姿を描いているのは『白熱光』も同じだが、そちらではぼくらの住む宇宙の中の話だったが、本作では別の物理法則を持つ別の宇宙が舞台になっている。 ぼくたちの宇宙の相対性理論は時...

チャールズ・ブコウスキー(柴田元幸訳)『パルプ』

ブコウスキーが死の直前最後に完成させた小説。他の作品は作者の分身が主人公の私小説的な物語らしいのだけど(作者の分身チナスキーは本書のなかでは古書店主の「ついいままで飲んだくれのチナスキーがいたんだ」という言葉の中にだけ登場する)、これは私立探偵が主人公のハードボイルド小説という形...

筒井康隆『メタモルフォセス群島』

『おれに関する噂』に続いて筒井康隆のオリジナル短編集を読み返そう企画第2弾。こっちには絶対はずせない名作『走る取的』と『毟りあい』(野田秀樹演出の舞台『THE BEE』を見たので割と記憶に新しい)が収録されている。前者は逃げても逃げても追いつかれ自ら逃げてはいけないほうに逃げてしま...

ウンベルト・エーコ(河島英昭訳)『薔薇の名前』

今年の1月にブックオフで入手した翌月にエーコが亡くなり、それから4ヶ月が経過してようやく読み終えた。分厚い単行本を手でもっているだけで腱鞘炎になりそうだった。 大昔みたショーン・コネリー主演の映画では、出来事の順番を変えて、最後にカタルシスを感じるようになっていたが、原作はまったく...

筒井康隆『おれに関する噂』

多分筒井康隆で最初に読んだ本だったのではないか。ちょうど子供の本から大人の本に移り変わるあたりのことだ。それを何十年ぶりかに電子書籍で再読。 筒井康隆の代表作に数えられる、表題作『おれに関する噂』、『熊の木本線』の物語の骨格は覚えていたがそれ以外の作品はほとんど忘れていた。あらため...

ウイリアム・サローヤン(柴田元幸訳)『僕の名はアラム』

十年ちょっと前サローヤンにはまった時期があったがその頃この作品の入手が難しくて読めなかった。村上柴田翻訳堂のおかげでようやく読めた。しかも柴田さんの新訳だ。 サローヤン自身をモデルにしたアラムという少年が友達や親戚たちと繰り広げる心温まるユーモラスな連作短編集。代表作なのでもっと肩...

フィリップ・ロス(中野好夫、常盤新平訳)『素晴らしいアメリカ野球』

村上柴田翻訳堂のシリーズから出たのでどちらかの新訳かと思ったら旧訳の復刊だった(柴田氏に注釈と村上、柴田両氏による対談がついている)。フィリップ・ロスの作品を読むのは『プロット・アゲンスト・アメリカ』に続いて2作目だ。テイストは異なるものの、実際の歴史と異なる別の歴史を綴るという...

カーソン・マッカラーズ(村上春樹訳)『結婚式のメンバー』

冒頭の「緑色をした気の触れた夏」という一節にいきなり心をつかまれた。 なかなか読み進められなかったのは、主人公である12歳の少女フランキー(これは第1部の呼び方。第2部はF・ジャスミン、第3部はフランセスとパートごとに呼び名が変わる)が兄の結婚式のあと生家を離れ兄夫婦と一緒に世界中...

保坂和志『未明の闘争』

冒頭の段落の「私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた」が衝撃的だ。死んだ友人が歩いていたというのは夢の中の話だと最初に明示されているのだが、「私は」がもたらす文法の破綻の衝撃が大きい。この不自然な「私は」は何度も何度も登場して、この小説全体に夢の中のような雰囲気を漂わせ続ける。 語ら...

ミシェル・ウエルベック(野崎歓訳)『素粒子』

初ウエルベック。す、すごい。 多層的に編み上げられた物語。第一にこれは父親の異なる一組の兄弟(1956年生まれの兄ブリュノ、1958年生まれの弟ミシェル)の人生に焦点をあてた年代記であり、第二に彼らの生を通じて20世紀後半いくところまでいった自由、個人主義、物質主義の命脈をたどる哲...

佐々木敦『ニッポンの文学』

『ニッポンの思想』、『ニッポンの音楽』に続いてのシリーズ3作目。 タイトルの「文学」は狭義の方つまりいわゆる「純文学」を指しているのだが、紹介している作品はエンタメを含む小説全般だ。本書が目指しているのは次の2点だそうだ。 「文学」と呼ばれている小説と、「文学」とは見なされていない小...

Future Visions: Original Science Fiction Inspired by Microsoft

Microsoftが著名なSF作家を研究所に招いて最新のテクノロジーを見学してもらい、それから着想を得て書かれた作品を一冊にまとめたアンソロジー。電子書籍で無料で配布されている。収録されているのは9編(うち1編はグラフィックノヴェル)。 The Hobbitを読み終えた余勢を駆って古臭い...

J. R. R. Tolkien "The Hobbit"

ようやく読み終えた。 学生時代『指輪物語』を読んだ直後に読もうと思ったはずが、どうせ読むなら英語で、といらない欲をかいたおかげでそれから数十年、一度買ったペーパーバックをなくして今のが2冊目、その間に映画化もされてしまった(パート1だけみた)。 てっきり子供向けの本だから簡単だろうと...

村上春樹『ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集』

1995年から2015年にかけて世界のあちこちを旅して書かれた紀行文をまとめた一冊。訪れた場所は、ボストン(1995年、2012年)、アイスランド(2004年)、2つのポートランド(アメリカのメイン州とオレゴン州、2008年)、ギリシャのミコノス島とスペッツェス島(2011年)、...

いとうせいこう『存在しない小説』

久々に読みふけったという表現がふさわしい本。 「存在しない小説」とは「元のテクストをあらかじめ失ったまま、仮にひとつの翻訳のヴァリエーションとして宇宙に存在する」小説と定義されている(後からこの定義は更新されてしまうけど)。 存在しない翻訳家仮蜜柑三吉が存在しない作家の存在しない作品...

入不二基義『あるようにあり、なるようになる 運命論の運命』

テーマは運命論。といってもすべての出来事は自然法則により決まっているという因果的決定論ではなく、人間が出来事を物語として解釈したものを運命と呼ぶ解釈的運命論(これは運命「論」というより「運命」という言葉の一つの用法のような気もするが)とも異なる論理的運命論という立場が取り上げられ...