長編のあとには気楽な短編が読みたくなった。保守的にまず間違いなく楽しめるものということで、池澤夏樹の本を選んだ。 表題作は、最初グアム版『濹東綺譚かと思ったが、よく考えたら『ティファニーで朝食を』の方が近い。日本の名前「マリコ」と現地の人から呼ばれる名前「マリキータ」という二つの名...
今まで読んだ池澤作品はどちらかといえば物語性が希薄で、短いものばかりだったが、これはふつうの文庫二冊分の厚さで、物語性もたっぷり。語り口がうってかわって、いわゆるマジックリアリズム的で、物語は幻想と日常という糸を縫い合わせてつむがれている。 南太平洋の小国の「やさしい独裁者」マシウ...
国家が共同幻想であることを認めながらも、国家というものが人々の心の中に「実在」する不可欠なものだということを説こうとしている本。主に、この本の中で「国家相対化論」、「反国家フェティシズム」と呼んでいる考え方(あまりレベルが高くなく設定されている)に対しての反論という形で書かれてい...
以前野崎孝訳の『ライ麦畑でつかまえて』は読んでいたが、村上春樹訳で十数年ぶりに読んでみた。 前回はそうは思わなかったが、読み返してみると主人公のホールデンはかなりいやなやつに思えた。集団生活に適応できないことや、勉強をする意欲がないことや、酒、タバコ等の素行不良は別にどうということ...
表題作が演劇になるというので、読んでみた。9つの短編が収められているが、まず8番目の表題作から読んだ。死んだあと骨は砕いて海にまいてほしいと言い残して亡くなった夫の視点から、妻がためらいつつもその遺言を実行するのをやさしい眼で見守る。だからといって、死後の世界とか霊魂の存在を前提...
右な人たちの言い分は、その反感に満ちた語り口だけで、聞く耳をもてなくなってしまう。その点、この本は、純粋にいい意味で、奥歯にもののはさまったような語り口で書かれていたので、ちゃんと最後まで読むことができた。筆者自身も、「保守思想の陣営が、いわゆる左翼思想への反感を吐露することに終...
カポーティは好きなタイプの作家だが、その割にはあまり読んでいない。『夜の樹』という短編集や『ティファニーで朝食を』(原作は映画のような甘ったるいハッピーエンドではなく、それどころか恋愛ものですらない)、それにちくま文庫版の短編集くらいだ。今回読もうと思ったのも、よしもとばななの『...
偏見とか差別などのいやな感情を正論のように語る人たちが増えているような気がして、息苦しさを感じていた。その空気から抜け出す清涼剤のようなものがほしくなって買ってみた。 姜尚中という在日韓国人の政治学者と、森巣博というオーストラリア在住の作家という、いわば日本をちょっと外からの視線で...
少年時代に殺人を犯してしまった男の回想という形で物語は語られる。主人公の少年はどこか『ライ麦畑でつかまえて』のホールデンを思い起こさせる。こちらは寡黙で饒舌なホールンデンとは正反対だが、周囲への不適応、ものの本質をみぬく大人びた視線、自分自身への苛立ちは共通だ。最初は、そういう少...
少年時代に昆虫に興味をもったことをのぞいて生き物に興味をもったことはほとんどない。昆虫のときは、彼らにとっては迷惑な話で、ちょっとした虐殺行為をやったりした。 今なぜ鳥かというと、同じ街に棲む仲間だと思えるからだ。散歩していると、さまざまな鳥を見かける。その名前や習性を知りたくなっ...
才能ある作家だったサックスという男が、いくつかの偶然の積み重ねから、幸福な家庭を投げ捨てて、全米の自由の女神を破壊してまわるテロリスト(人の命は奪わず、メディアを通じてアメリカという国のありかたを改めようというメッセージを流す)になり、結局は爆死してしまう。その事故を知った、やは...
f— title: 金子光晴『マレー蘭印紀行』 author: sugi date: 2008-08-20 url: /book/1847/ tags: [“travel”] 詩人金子光晴が、1928年から32年にかけて現在のマレーシア、シンガポール、インドネシアあたりを放浪した際の旅行記。馬来(マレー)、爪哇(ジャワ)という固有名詞をはじめ、漢字が難しいけど、ぎらぎら照りつける太陽、激しい驟雨、野放図に成長する樹木など南洋のワイルドな自然を描写する文章がとにかくうつくしい。いや、文中の表現を借りれば「うつくしいという言葉では云足りない。悲しいといえばよいだろうか」。 自然同様人々の生き様もワイルドでたくましく、さまざまな民族の人々が貧しさと苦役にあえぎながらもひたむきに生きている。それもまたうつくしく悲しい。 「水は、嘆いてもいない。挽歌を唄ってもいない。それはふかい森のおごそかなゆるぎなき秩序でながれうごいているのだ」。たぶん、人も同じだ。...