筒井康隆『おれに関する噂』

多分筒井康隆で最初に読んだ本だったのではないか。ちょうど子供の本から大人の本に移り変わるあたりのことだ。それを何十年ぶりかに電子書籍で再読。 筒井康隆の代表作に数えられる、表題作『おれに関する噂』、『熊の木本線』の物語の骨格は覚えていたがそれ以外の作品はほとんど忘れていた。あらため...

ウイリアム・サローヤン(柴田元幸訳)『僕の名はアラム』

十年ちょっと前サローヤンにはまった時期があったがその頃この作品の入手が難しくて読めなかった。村上柴田翻訳堂のおかげでようやく読めた。しかも柴田さんの新訳だ。 サローヤン自身をモデルにしたアラムという少年が友達や親戚たちと繰り広げる心温まるユーモラスな連作短編集。代表作なのでもっと肩...

フィリップ・ロス(中野好夫、常盤新平訳)『素晴らしいアメリカ野球』

村上柴田翻訳堂のシリーズから出たのでどちらかの新訳かと思ったら旧訳の復刊だった(柴田氏に注釈と村上、柴田両氏による対談がついている)。フィリップ・ロスの作品を読むのは『プロット・アゲンスト・アメリカ』に続いて2作目だ。テイストは異なるものの、実際の歴史と異なる別の歴史を綴るという...

カーソン・マッカラーズ(村上春樹訳)『結婚式のメンバー』

冒頭の「緑色をした気の触れた夏」という一節にいきなり心をつかまれた。 なかなか読み進められなかったのは、主人公である12歳の少女フランキー(これは第1部の呼び方。第2部はF・ジャスミン、第3部はフランセスとパートごとに呼び名が変わる)が兄の結婚式のあと生家を離れ兄夫婦と一緒に世界中...

保坂和志『未明の闘争』

冒頭の段落の「私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた」が衝撃的だ。死んだ友人が歩いていたというのは夢の中の話だと最初に明示されているのだが、「私は」がもたらす文法の破綻の衝撃が大きい。この不自然な「私は」は何度も何度も登場して、この小説全体に夢の中のような雰囲気を漂わせ続ける。 語ら...

ミシェル・ウエルベック(野崎歓訳)『素粒子』

初ウエルベック。す、すごい。 多層的に編み上げられた物語。第一にこれは父親の異なる一組の兄弟(1956年生まれの兄ブリュノ、1958年生まれの弟ミシェル)の人生に焦点をあてた年代記であり、第二に彼らの生を通じて20世紀後半いくところまでいった自由、個人主義、物質主義の命脈をたどる哲...

佐々木敦『ニッポンの文学』

『ニッポンの思想』、『ニッポンの音楽』に続いてのシリーズ3作目。 タイトルの「文学」は狭義の方つまりいわゆる「純文学」を指しているのだが、紹介している作品はエンタメを含む小説全般だ。本書が目指しているのは次の2点だそうだ。 「文学」と呼ばれている小説と、「文学」とは見なされていない小...

Future Visions: Original Science Fiction Inspired by Microsoft

Microsoftが著名なSF作家を研究所に招いて最新のテクノロジーを見学してもらい、それから着想を得て書かれた作品を一冊にまとめたアンソロジー。電子書籍で無料で配布されている。収録されているのは9編(うち1編はグラフィックノヴェル)。 The Hobbitを読み終えた余勢を駆って古臭い...

J. R. R. Tolkien "The Hobbit"

ようやく読み終えた。 学生時代『指輪物語』を読んだ直後に読もうと思ったはずが、どうせ読むなら英語で、といらない欲をかいたおかげでそれから数十年、一度買ったペーパーバックをなくして今のが2冊目、その間に映画化もされてしまった(パート1だけみた)。 てっきり子供向けの本だから簡単だろうと...

村上春樹『ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集』

1995年から2015年にかけて世界のあちこちを旅して書かれた紀行文をまとめた一冊。訪れた場所は、ボストン(1995年、2012年)、アイスランド(2004年)、2つのポートランド(アメリカのメイン州とオレゴン州、2008年)、ギリシャのミコノス島とスペッツェス島(2011年)、...

いとうせいこう『存在しない小説』

久々に読みふけったという表現がふさわしい本。 「存在しない小説」とは「元のテクストをあらかじめ失ったまま、仮にひとつの翻訳のヴァリエーションとして宇宙に存在する」小説と定義されている(後からこの定義は更新されてしまうけど)。 存在しない翻訳家仮蜜柑三吉が存在しない作家の存在しない作品...

入不二基義『あるようにあり、なるようになる 運命論の運命』

テーマは運命論。といってもすべての出来事は自然法則により決まっているという因果的決定論ではなく、人間が出来事を物語として解釈したものを運命と呼ぶ解釈的運命論(これは運命「論」というより「運命」という言葉の一つの用法のような気もするが)とも異なる論理的運命論という立場が取り上げられ...

円城塔『バナナ剥きには最適の日々』

Kindleの半額セールに飛びついた。タイトルから思った通り円城塔版ナイン・ストーリーズ。あ、でも10編入っているなと思ったら最後の『コルタサル・パス』は文庫版に追加収録された作品だそうだ。 円城塔の作品集の中では一番とっつきやすいのではないだろうか。特に『バナナ剥きには最適の日々...

『フォークナー短編集』(龍口直太郎訳)

ずっと読むべき作家リストに入りっぱなしだったが、手始めに短編から読んでみる。 収録されているのは以下の作品だ。 嫉妬 赤い葉 エミリーにバラを あの夕陽 乾燥の九月 孫むすめ バーベナの匂い 納屋は燃える 読む前からわかっていたが、やはりフォークナーは長編向きの作家だ。短編でも描写の鮮烈さは感じるも...

ロバート・A・ハインライン(井上一夫訳)『異星の客』

分厚い。並の文庫本の優に3冊分はある。 火星調査団の一行が全滅して火星に取り残された乳児が火星人に育てられる。25年後、成長したその乳児ヴァレンタイン・マイケル・スミスは地球に帰還する。彼は沢山の遺産を相続していたが、地球の重力と習慣に馴染めず一見して精神的、身体的退行の状態にあっ...

夏目漱石『行人』

この劇の元ネタということで、ひさしぶりに再読。劇は小説から弟が兄の妻と同じ室に一泊するというシチュエーションを借りているだけで全く別物のつもりで見ていたが、あらためて小説を読むとセリフや人物設定など思ったより引用されているのだった。 この時代の小説を読むといつも意外に感じるのが生活...

G・ガルシア=マルケス(鼓直訳)『百年の孤独』

架空のマコンドという村を開拓したブエンディア一族が村ごと滅亡してしまうまでの百年間を描いた、七世代にわたる盛衰記、という要約はそれほど重要でもなくて、現実にはありえない突飛なエピソードが驚くべき迫真性で語られるその語り口が素晴らしい。 有名な冒頭の一節「長い歳月が流れて銃殺隊の前に...

フィリップ・ロス(柴田元幸訳)『プロット・アゲンスト・アメリカ』

タイトルを直訳すると「アメリカに対する陰謀」。1940年のアメリカ大統領選で例外的な三選を目指していたローズベルトではなく、共和党から立候補したリンドバーグが勝利するというもの。今では大西洋無着陸飛行の英雄としての側面しか伝えられていないけど、実際、彼は反ユダヤ、白人優位主義者で...

フィリップ・K・ディック(浅倉久志訳)『高い城の男』

第2次大戦で日本、ドイツなどの枢軸国側が勝利した世界を舞台にした歴史改変もの。戦争終結が1947年で、この小説の中ではそれから15年後の1962年のアメリカだ。アメリカは3分割され、東部はドイツの傀儡国家で、西海岸は日本の傀儡、中西部は緩衝地帯になっている。ドイツは戦争に勝利して...

チャールズ・ディケンズ(加賀山卓朗訳)『二都物語』

「あれは最良の時代であり、最悪の時代だった。叡智の時代にして、大愚の時代だった。新たな信頼の時代であり、不信の時代でもあった。光の季節であり、闇の季節だった。希望の春であり、絶望の冬だった。」という有名な一節で幕をあける物語。舞台はフランス革命の時代の二つの都市ロンドンとパリだ。...