読書ノート

J. D. サリンジャー(村上春樹訳)『フラニーとズーイ』

たまたま野崎孝訳版の『フラニーとゾーイー』を読んだのはけっこう最近だった。まだ記憶が新しいうちに再び読むことができたのはこの小説に関してはとても良いことだったと思う。一度目手探りで物語の世界を這い進んだときと比べて今回はどこにになにがあるかほぼ勝手がわかっていたので、迷いなくかつ...

ポール・オースター(柴田元幸訳)『鍵のかかった部屋』

『写字室の旅』に触発されて再読。『ガラスの街』と『幽霊たち』とともに、ニューヨーク三部作を構成する作品。三部作といってもストーリーはまったく関連していない。ミステリー仕立ての構成が共通しているのと、舞台がニューヨークであること、そして『ガラスの街』の至要な登場人物が本書にも端役と...

村上春樹『女のいない男たち』

タイトルから、とうとう村上春樹が非モテを主人公にした小説書くのかと思ったがちがった。基本モテだが、女性にさられてしまった男たちの物語だった。まず、巻頭に村上春樹にかつてない「まえがき」がついていて、この短編集の成立過程を「業務報告」的にさらりと書いてあって、これまでと違う感じを受...

ポール・オースター(柴田元幸訳)『写字室の旅』

ポール・オースター、柴田元幸のコンビは翻訳という感じがしない。もとから日本語で書かれたみたいにすいすい読み進めてしまう。 老人がひとり部屋の中で深い物思いにふけっている。彼は自分がなぜそこにいるのか覚えていない。自分が何者なのか、名前すら思い出せない。何人かの人々が彼を訪ねてくる。...

戸田山和久『哲学入門』

タイトルから、古今東西で培われてきた哲学という壮大な分野全体への入門書と勘違いされそうだが、ある意味本書で扱うのはそのほんのごく一部、しかもかなり端の方とみなされてきた部分だ。自然科学が発達した現代、哲学が扱う領域やスタイルも変わってしかるべきじゃないかという筆者の問題提起、つり...

ブッツァーティ(脇功訳)『タタール人の砂漠』

数年前に読んだ短編集から久方ぶり、二冊目のブッツァーティ。 なんとなく幻想的な不条理系の話なのかと思っていたが不思議なことは何もおきない。 士官学校を卒業したばかりで将来の可能性と希望でいっぱいの青年ドローゴは国境にある砦に赴任することになる。急峻な山に囲まれ国境の北側には不毛の砂漠...

池内紀編訳『ウィーン世紀末文学選』

世紀末といってもいささか広くて1890年代から1930年代のナチスドイツによるオーストリア併合までに書かれた作品を扱っている。どれもウィーンに本拠をおいて活躍した小説家の作品ばかり16編。オーストリア併合まで生き延びた人はほとんど亡命しているのが興味深い。 オーストリアというのは奇...

オーソン・スコット・カード(金子浩他訳)『無伴奏ソナタ』

なんとなくSF短編が読みたくなってタイトル買い。70年代末、作者のキャリアがはじまったばかりのときに出た短編集。最近映画化された『エンダーのゲーム』をはじめシリーズものばかり書いている印象だったので、これも通俗的なエンタメSFなんだろうと思ってよ読み始めて、冒頭の『エンダーのゲー...

ロバート・クーヴァー(越川芳明訳)『ユニヴァーサル野球協会』

しがない会計士ヘンリー・ウォーは、毎夜自分でルールを決めた野球ゲームの試合に没頭していた。ひとりでサイコロを振って、ユニヴァーサル野球協会に属する全8チームの試合を進行し、記録をつけるのだ。サイコロの目は、野球のプレイだけじゃなく、選手の人生も決める。生や死さえも。選手はそれぞれ...

町田康『ゴランノスポン』

久しぶりの町田康の短編集。今までの印象だと、町田康の小説の主人公は多かれ少なかれ彼自身を韜晦して変形した自堕落な自己像なんだけど、今回新しい要素が入ってきた気がする。表題作『ゴランノスポン』の貧しく空虚な日常を前向きな意識で虚飾し続ける若者、『一般の魔力』の他者への悪意に凝り固ま...

西崎憲編訳『怪奇小説日和: 黄金時代傑作選』

まず「怪奇小説」という言葉について説明が必要だろう。 「怪奇小説」は英語でいうと “ghost story”。小説のジャンルを指し示す言葉で年代的にゴシック・ロマンスとモダンホラーの間にくるものらしい。ghost といっても日本でいう幽霊すなわち死者の霊的な存在が出てくるとは限らず、定...

グレッグ・イーガン(山岸真訳)『白熱光』

奇数章と偶数章で異なった人々による異なった世界の物語が語られる。 「百万年後の未来, 銀河系は二つの世界にわかれていた。融合世界とよばれる、巨大な相互協力的メタ文明と、銀河中央部を静かに占有する孤立世界。孤立世界は融合世界が彼らの領域に侵入することを長らく拒んできたが、旅人がショート...

マイクル・コーニイ(山岸真訳)『パラークシの記憶』

書かれた時代も国も違うが直前に読んでいた『ドグラ・マグラ』とひとつ大きな共通点がある。どちらも記憶の遺伝が小説の中の大きな要素として登場するのだ。折も折、ちょうどこの2冊を読んでいるときに、ネズミの記憶が父から子へ遺伝するという研究成果が発表され、驚いた(さらなる研究が必要だと思...

夢野久作『ドグラ・マグラ』

再読なのだが、この小説の主人公のようにほとんどすべて忘れていた。主人公の若い男性が、精神病院の個室でまったく記憶がないまま目を覚ますところからはじまるたった一日の物語だ。 『ドグラ・マグラ』がどういう物語かということは実はこの小説自身の中で語られている。この小説が患者のひとりが書い...

ヴィアン(野崎歓訳)『うたかたの日々』

フランス文学には若干苦手意識を感じていたが、ミシェル・ゴンドリー監督による映画『ムード・インディゴ』をみて原作を読んでみたくなった。読んでみたら思ったより映画と同じで驚いた。原作は言葉遊びが多いが、それが一部映像の遊びに置き換えられているが、原作の幻想というか幻覚としか思えない視...

村上春樹編訳『恋しくて - TEN SELECTED LOVE STORIES』

村上春樹の編訳による10の愛に関する短篇集。あまり名前をきいたことのない作家たちの作品を村上春樹が選んで訳した。ひとつは村上春樹自信の作品だ。前半はストレートなラブストーリーで、こういう奇をてらわないシンプルな作品も味わいがあってたまにはいいなと思っているところへ、後半はひねった...

ドストエフスキー(亀山郁夫訳)『悪霊』

鬼気迫るとしかいいようがない。ぼく自身悪霊にとりつかれたみたいに夢中になって一気に読んでしまった。『カラマーゾフの兄弟』よりこっちの方がパワフルで普遍的だ。 ロシア中西部のある地方で立て続けに起きた惨劇のそもそものはじまりから順を追って語られる。語り手は無個性的で穏健さがとりえのG...

タブッキ(和田忠彦訳)『夢のなかの夢』

20人の有名な作家、詩人、画家、音楽家がその人生の中でみたのではないかと思われる夢を数ページの掌編した作品集。みているのはそれぞれの人生を凝縮したような夢だ。だからそれは夢であると同時に伝記ともいえる。たとえばアルテュール・ランボーは切断された片足をかかえながらパリ・コミューンを...

オルダス・ハクスリー(黒原敏行訳)『すばらしい新世界』

ディストピアマニアとしてはこの作品を読まないままにしておくわけにはいかない。本屋で何気なく探したらちょうどこの新訳がでたばかりというタイミングのよさだった。同じディストピアものでもオーウェルの『1984』とは対極的、こちらは主観的にははるかに楽しい世界だ。 人間は完全な人工受精が可...

レイモンド・スマリヤン(高橋昌一郎訳)『哲学ファンタジー』

スマリヤンといえばぼくの中では数学パズルの人だけど、この本のテーマは哲学。認識と存在、生と死、魂の永遠性など哲学の定番テーマを、スマリヤンならではの論理的明晰さ、手品でも見ているような意外性、そしてユーモアあふれる筆致で描き出した哲学エッセイ集。半分くらいは複数人による対話形式な...