チャールズ・ブコウスキー(柴田元幸訳)『パルプ』

ブコウスキーが死の直前最後に完成させた小説。他の作品は作者の分身が主人公の私小説的な物語らしいのだけど(作者の分身チナスキーは本書のなかでは古書店主の「ついいままで飲んだくれのチナスキーがいたんだ」という言葉の中にだけ登場する)、これは私立探偵が主人公のハードボイルド小説という形をとっている。ただし探偵ニック・バレーンは酒浸りで競馬ですってばかりいる怠け者だ。さえない風采とおいぼれた身体で、ギリギリでその生活にしがみついている。 ...

筒井康隆『メタモルフォセス群島』

『おれに関する噂』に続いて筒井康隆のオリジナル短編集を読み返そう企画第2弾。こっちには絶対はずせない名作『走る取的』と『毟りあい』(野田秀樹演出の舞台『THE BEE』を見たので割と記憶に新しい)が収録されている。前者は逃げても逃げても追いつかれ自ら逃げてはいけないほうに逃げてしまう、悪夢のなかにいるようなリアリティがほんとうにおそろしい作品だ。 ...

ウンベルト・エーコ(河島英昭訳)『薔薇の名前』

今年の1月にブックオフで入手した翌月にエーコが亡くなり、それから4ヶ月が経過してようやく読み終えた。分厚い単行本を手でもっているだけで腱鞘炎になりそうだった。 ...

筒井康隆『おれに関する噂』

多分筒井康隆で最初に読んだ本だったのではないか。ちょうど子供の本から大人の本に移り変わるあたりのことだ。それを何十年ぶりかに電子書籍で再読。 ...

ウイリアム・サローヤン(柴田元幸訳)『僕の名はアラム』

十年ちょっと前サローヤンにはまった時期があったがその頃この作品の入手が難しくて読めなかった。村上柴田翻訳堂のおかげでようやく読めた。しかも柴田さんの新訳だ。 ...

フィリップ・ロス(中野好夫、常盤新平訳)『素晴らしいアメリカ野球』

村上柴田翻訳堂のシリーズから出たのでどちらかの新訳かと思ったら旧訳の復刊だった(柴田氏に注釈と村上、柴田両氏による対談がついている)。フィリップ・ロスの作品を読むのは『プロット・アゲンスト・アメリカ』に続いて2作目だ。テイストは異なるものの、実際の歴史と異なる別の歴史を綴るという点が共通している。 ...

カーソン・マッカラーズ(村上春樹訳)『結婚式のメンバー』

冒頭の「緑色をした気の触れた夏」という一節にいきなり心をつかまれた。 なかなか読み進められなかったのは、主人公である12歳の少女フランキー(これは第1部の呼び方。第2部はF・ジャスミン、第3部はフランセスとパートごとに呼び名が変わる)が兄の結婚式のあと生家を離れ兄夫婦と一緒に世界中を回るという妄想に取り憑かれ、それを初めて出会った人に公言して回るというあまりにも幼稚な行動をすることについていけなかったからだ。また、彼女をもっと歳上だと勘違いした兵士に誘われてホテルの部屋に入るなど他にも無思慮なことをして危ない目にあっている。 ...

保坂和志『未明の闘争』

冒頭の段落の「私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた」が衝撃的だ。死んだ友人が歩いていたというのは夢の中の話だと最初に明示されているのだが、「私は」がもたらす文法の破綻の衝撃が大きい。この不自然な「私は」は何度も何度も登場して、この小説全体に夢の中のような雰囲気を漂わせ続ける。 ...

ミシェル・ウエルベック(野崎歓訳)『素粒子』

初ウエルベック。す、すごい。 多層的に編み上げられた物語。第一にこれは父親の異なる一組の兄弟(1956年生まれの兄ブリュノ、1958年生まれの弟ミシェル)の人生に焦点をあてた年代記であり、第二に彼らの生を通じて20世紀後半いくところまでいった自由、個人主義、物質主義の命脈をたどる哲学小説であり、そして第三にそれら自由、個人主義、物質主義の後にくるものを描き出そうとした神話的SFでもある。 ...

佐々木敦『ニッポンの文学』

『ニッポンの思想』、『ニッポンの音楽』に続いてのシリーズ3作目。 タイトルの「文学」は狭義の方つまりいわゆる「純文学」を指しているのだが、紹介している作品はエンタメを含む小説全般だ。本書が目指しているのは次の2点だそうだ。 ...

Future Visions: Original Science Fiction Inspired by Microsoft

Microsoftが著名なSF作家を研究所に招いて最新のテクノロジーを見学してもらい、それから着想を得て書かれた作品を一冊にまとめたアンソロジー。電子書籍で無料で配布されている。収録されているのは9編(うち1編はグラフィックノヴェル)。 ...

J. R. R. Tolkien "The Hobbit"

ようやく読み終えた。 学生時代『指輪物語』を読んだ直後に読もうと思ったはずが、どうせ読むなら英語で、といらない欲をかいたおかげでそれから数十年、一度買ったペーパーバックをなくして今のが2冊目、その間に映画化もされてしまった(パート1だけみた)。 ...

村上春樹『ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集』

1995年から2015年にかけて世界のあちこちを旅して書かれた紀行文をまとめた一冊。訪れた場所は、ボストン(1995年、2012年)、アイスランド(2004年)、2つのポートランド(アメリカのメイン州とオレゴン州、2008年)、ギリシャのミコノス島とスペッツェス島(2011年)、ニューヨークのジャズクラブ(2009年)、フィンランド(2013年)、ラオスのルアンプラバン(2014年)、イタリアのトスカナ(2015年)、熊本県(2015年)。タイトルは、ラオスに向かう途中立ち寄ったベトナムで投げかけられた言葉からとられている。 ...

いとうせいこう『存在しない小説』

久々に読みふけったという表現がふさわしい本。 「存在しない小説」とは「元のテクストをあらかじめ失ったまま、仮にひとつの翻訳のヴァリエーションとして宇宙に存在する」小説と定義されている(後からこの定義は更新されてしまうけど)。 ...

入不二基義『あるようにあり、なるようになる 運命論の運命』

テーマは運命論。といってもすべての出来事は自然法則により決まっているという因果的決定論ではなく、人間が出来事を物語として解釈したものを運命と呼ぶ解釈的運命論(これは運命「論」というより「運命」という言葉の一つの用法のような気もするが)とも異なる論理的運命論という立場が取り上げられている。タイトルの「あるようにあり、なるようになる」というのがそれがどういう考え方であるかを端的に言い表している。 ...

円城塔『バナナ剥きには最適の日々』

Kindleの半額セールに飛びついた。タイトルから思った通り円城塔版ナイン・ストーリーズ。あ、でも10編入っているなと思ったら最後の『コルタサル・パス』は文庫版に追加収録された作品だそうだ。 ...

『フォークナー短編集』(龍口直太郎訳)

ずっと読むべき作家リストに入りっぱなしだったが、手始めに短編から読んでみる。 収録されているのは以下の作品だ。 嫉妬 赤い葉 エミリーにバラを あの夕陽 乾燥の九月 孫むすめ バーベナの匂い 納屋は燃える 読む前からわかっていたが、やはりフォークナーは長編向きの作家だ。短編でも描写の鮮烈さは感じるものの、特にそれが短編である必要はないというか、長編の方がより言葉に重みを持たせられるだろう。 ...

ロバート・A・ハインライン(井上一夫訳)『異星の客』

分厚い。並の文庫本の優に3冊分はある。 火星調査団の一行が全滅して火星に取り残された乳児が火星人に育てられる。25年後、成長したその乳児ヴァレンタイン・マイケル・スミスは地球に帰還する。彼は沢山の遺産を相続していたが、地球の重力と習慣に馴染めず一見して精神的、身体的退行の状態にあった。しかし実は彼は火星で超人的な能力を身につけていたのだった。自由に人や物を消せる。自己治癒。テレパシー。いわゆる超能力のオンパレードだが、火星人にとっては当たり前の能力なのだ。成長した火星人は肉体が死を迎えても(分裂と呼ばれる)、長老という霊的な存在ではあるが普通に目に見え、生き続ける。その時の肉体は仲間に食べてもらうのが喜びとされている。マイケルもその考え方を全面的に受け入れている。 ...

夏目漱石『行人』

この劇の元ネタということで、ひさしぶりに再読。劇は小説から弟が兄の妻と同じ室に一泊するというシチュエーションを借りているだけで全く別物のつもりで見ていたが、あらためて小説を読むとセリフや人物設定など思ったより引用されているのだった。 この時代の小説を読むといつも意外に感じるのが生活水準の高さだ。食後のプリン(プジング)なんかがふつうに出てくる。休みなども今より断然多くて、平気で数週間の旅行に行ったりできるし、文化的活動に多くの時間を費やしている。もちろん、それは登場人物の階層が高いからそうなのであって、一般庶民の生活はこうはいかないだろう。でも新聞小説として連載されたものなので、新聞購読者の平均からそうは隔たってないはずだ。それから数十年後にあの愚かな戦争に一丸となって突入したことが信じられない。 ...

G・ガルシア=マルケス(鼓直訳)『百年の孤独』

架空のマコンドという村を開拓したブエンディア一族が村ごと滅亡してしまうまでの百年間を描いた、七世代にわたる盛衰記、という要約はそれほど重要でもなくて、現実にはありえない突飛なエピソードが驚くべき迫真性で語られるその語り口が素晴らしい。 ...