読書ノート

円城塔『道化師の蝶』

芥川賞受賞の表題作と『松の枝の記』の2編が収録されている。 『道化師の蝶』は、奇妙な文様の蝶、それをとらえるための特殊な網、ほとんどの時間を飛行機の中で過ごし乗客の着想をとらえてビジネスの種にしている実業家、友幸友幸という数十もの多言語で作品を書き続ける正体不明の小説家、友幸友幸を...

神林長平『ぼくらは都市を愛していた』

ジャケ買いならぬタイトル買い。「ぼくらは都市を愛していた」と言われれば me too と返すしかない。 2つの世界の2人の人物の視点が交互に語られる。 ひとつは、情報震という謎の現象でデジタルデータが破壊されインフラが壊滅的に鳴り、疑心暗鬼で戦争がおこり、人口が激減したあとの世界。情報軍という情...

ガブリエル・ガルシア=マルケス(鼓直訳)『族長の秋』

ある独裁者の長い後半生を描いた作品。彼はこの作品中で名前をもたず「大統領」とのみ呼ばれる。荒れ果てた大統領府で彼の死体をみつける部分からはじまる。その時点で大統領の年齢はまちがいなく100歳は越しており、200歳も越えているかもしれなかった。そこからいったん時代を大きく遡り時代を...

『厭な物語』、『もっと厭な物語』

バッドエンディングの読んでいやな気持ちになる短編小説ばかりを集めたアンソロジー。最初の『厭な物語』がけっこう人気だったようで、なんと続編の『もっと——』が出ていた。二冊まとめて読んでみた。 『厭な——』の方は海外作品のみだが、『もっと——』には日本の作品三編が含まれている。一応収録...

フィリップ・K・ディック(山形浩生訳)『ヴァリス』

序盤は、ホースラヴァー・ファットという小説家が友人女性の自殺をきっかけに精神の平衡を失い奇妙な幻覚や妄想にとらわれ、自殺を試みたり独自の神秘思想を生み出すまでになっていく様を、ファット自らが「必要不可欠な客観性を得るべく三人称で書いている」という体で描かれている。壺から出てきたピ...

佐々木敦『ニッポンの音楽』

簡単に要約するならば、ニッポンの音楽(=Jポップ)を、「内」(すでに日本国内でポピュラリティーを獲得した音楽)と「外」(外国や最先端の未知の音楽)の間の、内が外の影響を受けて変化していく弁証法的な運動としてとらえる史観を提示しつつ、その運動は、内と外の質的な差異が消滅してしまった...

レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)『高い窓』

村上春樹訳のチャンドラーも5冊目。マーロウは裕福な未亡人マードック夫人の依頼で持ち去られた貴重なコインのゆくえをさがす。マーロウはマードック夫人の秘書的な役割をしているマールという若い女性の危うげな不安定さに目をとめる。人が立て続けに2人死に、マーロウの元に失くなったコインが送ら...

G.ガルシア=マルケス(鼓直、木村榮一訳)『エレンディラ』

ラジオから流れてきた朗読に耳を奪われた。ぬかるみでもがいている大きな翼のある老人を助ける。羽毛はすっかり抜け落ちて空を飛ぶことはできないようだった。きいたことのない言葉を話し、こちらの言うことも理解できない。その正体が天使なのか悪魔なのか翼のあるノルウェー人なのか判然としない。家...

チャールズ・ユウ(円城塔訳)『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』

円城塔が訳すんだからふつうのSFではあるまいと思ったとおり、全然ふつうじゃなかった。 作者チャールズ・ユウ自身が主人公。彼はタイムマシンの修理をして生計をたてている。タイムマシンの研究者だった父親は何年も前に失踪して行方不明、母親は介護施設で日曜日の夕食どきの一時間のループの中で暮...

G. ガルシア=マルケス(野谷文昭訳)『予告された殺人の記録』

薄いけど中身は特濃。実際にマルケスの若い頃故郷の小さな町で起きたある凄惨な殺人をベースに、ドキュメンタリータッチで関係者それぞれの視点から実際起きた出来事を克明に再現した小説。 事件そのものは下世話な理由から起きている。結婚式の夜、処女でなかったという理由で花婿バヤルド・サン・ロマ...

岸本佐知子編訳『変愛小説集』

「変」というか奇形的といったほうがいいような愛の形を描いた英語圏の短編を集めた短編集。IIを先に読んでおもしろかったので前巻も読まなくては思っているところで文庫化された。 収録作。 一本の木に偏執的な愛情を抱いてしまった人自身の物語であり、かつパートナーが一本の木に偏執的な愛を抱いて...

J. ケルアック(真崎義博訳)『地下街の人びと』

薄い本なのでつなぎに読むつもりがかなり時間がかかってしまった。ケルアックは麻薬をやりながら3日で書いたそうだから、読むのも意味不明なところを読み飛ばすくらいの気持ちでそれ以上のハイペースで読むべきだった。 ビートニクの拠点サンフランシスコを舞台に、ケルアック自身をモデルとする主人公...

円城塔『これはペンです』

何かどこかの手違いでここまで目を通してしまい、憤っている人がいたとするなら、その誤配を謝りたい。最初から自分宛の手紙ではないとわかっただろうと思うわけだが。その場合、できればこの手記を必要としていそうな人物へと転送していただければ幸いだ。 というわけで転送されてきた。 今まで読んだ円...

プルースト(高遠弘美訳)『失われた時を求めて 第一篇 スワン家の方へ』

いつか読もうと思っていて読めない本の代名詞みたいな作品だが、読もうと思えば読めるものだ。Kindleの電子書籍版にしたのはあとあと検索して読み返すことになるんじゃないかと思ったからだ。まだ第1篇だけだが、全7巻14冊を時間をかけて読了するつもりだ。 読む前の漠然とした印象で、主人公...

海猫沢めろん『左巻キ式ラストリゾート』

文化系トークラジオLIFEでおなじみの海猫沢めろんさんの2004年に書かれた処女作が文庫化されたということで手に取ろうとしたが、ちょうど品薄になったタイミングで大きな本屋を何件かまわったがどこにも置いてない。結局昼休みにオフィスの近くの中規模書店でみつけて、久しぶりに何かを探して...

四方田犬彦『モロッコ流謫』

夏になると遠くの知らない町にいくかわりに知らない町を舞台にした本を読みたくなる。アフリカ大陸の北端地中海に面したモロッコはそういう旅情のもっえいきどころとしてぴったりな国だ。著者の四方田犬彦さんの本を読むのは『月島物語』以来だ。東京下町の月島の長屋に定住する内容だったけど、あれも...

ポール・オースター(柴田元幸訳)『闇の中の男』

年老いた男が閉ざされた部屋の中でもうひとつの世界の物語と向き合うという、前作『写字室の旅』と対になる内容。大きな違いは、自分の名前を含めて記憶をなくしてどこともわからぬ部屋に閉じ込められるという抽象的な設定だった前作とちがって、今回はリアルなこと。 主人公オーガスト・ブリルは72歳...

スピノザ( 吉田量彦訳 )『神学・政治論』

『神学・政治論』の70年ぶりにでた新訳。21世紀のスピノザ主義者を自認する(間違って名付け親を頼まれたらエチカという名前を提案しようと思っている)ぼくとしては読んでおかなくてはいけないと、使命感にかられて手をだす。訳者後書きに「直訳に置き換えてしまえば五分で済むところを、半日かけ...

酉島伝法『皆勤の徒』

はじめてお金を出して買ったKindle本。 暴走するナノマシーン、人格のデジタル化、サイバーパンク的仮想世界、さまざまな異形に進化した人類、知性をもつ惑星など最先端のSFのアイディアがてんこ盛りの上に、「塵機」、「兌換」、「形相」など用語が独特で初見では字面からぼんやりと想像するこ...

野矢茂樹(文)、植田真(絵)『ここにないもの〜新哲学対論』

エプシロンとミューの2人が、散歩したり食事をしたりしながら、哲学なテーマについて語り合う。エプシロンは日頃から哲学的なことを考えているいわば哲学オタクだが、ミューは天然キャラで時折エプシロンの虚をつくようなことをポロッと口に出したりする。2人の会話にほとんど哲学の専門用語は登場し...