読書ノート

ジェーン・オースティン(中野康司訳)『ノーサンガー・アビー』

ジェーン・オースティンの残した6つの長編小説はどれも恋愛と結婚がテーマで、もちろん実質上の処女作であるこの作品も例外じゃない。 主人公キャサリンは17歳の少女と書きたくなってしまうが、この作品が書かれた1800年前後のイギリスではふつうに結婚適齢期だったらしい。片田舎で出会いのない...

フェルナンド・ペソア(澤田直訳)『[新編]不穏の書、断片』

なぜか今年ペソア関連のイベントや出版が立て続けにあって、といってもぼくが知る限りそれぞれひとつずつではあるが、それでもすごいことで、ペソアを題材にした演劇が上演され、本書が平凡社から刊行されたのだ。ぼくは、演劇をみにいって、もちろん本書も購入した。 大きく二部構成。前半はペソアの著...

浅羽通明『ナショナリズム——名著でたどる日本思想入門』

ぼくには心情的にナショナリズムはわからない。といっても、そういうぼく自身を含めてほとんどの人はコスモポリタン的には生きられないわけで、この国という単位に特別な関心をもつのは当然のことだし、必要なことでもある。広い意味でそれを「ナショナリズム」と呼んでもいいはずで、そういう意味でぼ...

ガウラヴ・スリ&ハートシュ・シン・バル(東江一紀訳)『数学小説 確固たる曖昧さ』

ルイス・キャロル的あるいはポストモダン的なものを期待して手に取ったが、物語や語り口はきわめてオーソドックス。というよりそれは主役ではないのだ。主役は、数学、そして真理が果たして存在するのかという中二病的な問、この二つだ。 数学に関しては、興味を持ちながらも今まで学ぶ機会がなかった(...

フランク・オコナー短編集

何を隠そう、この著者に注目したわけはフラナリー・オコナーと名前が似ているからだ。それによってフラナリー・オコナーの名前もぼくの記憶に強く刻み込まれることになったので、見事な連係プレーにお見事というしかない。とはいっても、この二人は、名前からわかるように性別はちがうし、生まれた年と...

柴田元幸『翻訳教室』

数え切れないくらいの本を翻訳されてぼくもさんざんお世話になっている翻訳家にして大学教授の柴田元幸さんが、東京大学でおこなった翻訳演習の授業を本としてまとめたもの。授業は、文庫本にして1ページから2ページくらいの課題の英文をあらかじめ学生たちが訳してきて、それをベースに教師と学生た...

福永信『一一一一一』

6編からなる連作短編集といってよいのだろうか。『一二』、『一二三』、『一』、『一』、『一』、『二一』という奇妙なタイトル、しかも3,4,5番目は同じタイトル(タイトルといえるなら)だ。 たとえるならまだ何も書かれていない本のページのような真っ白で空虚な空間で、「語り手」と「主人公」...

西崎憲編訳『短編小説日和 英国異色傑作選』

英国の小説家20人の短編小説を一編ずつ集めたアンソロジー。掲載順に名前と生没年を列挙すると、ミュリエル・スパーク(1918-2006)、マーティン・アームストロング(1882-1974)、W.F.ハーヴィー(1885-1937)、キャサリン・マンスフィールド(1888-1923)...

村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』

発売早々に読んだ人たちの感想は酷評に近いものが多かったが、ぼくはかなり楽しめた。前作『1Q84』より10倍以上好きな作品だ。 自称平凡で特徴がなく空虚な男多崎つくるは高校生のとき4人の同年代の仲間と一体感に満ちた友情を結ぶが、二十歳のとき、突然仲間から追放されてしまい、しばらくの間...

鈴木謙介、長谷川裕、Life Crew『文化系トークラジオLifeのやり方』

生ける伝説といっていいようなラジオ番組文化系トークラジオLifeの二度目の書籍化。最初の書籍が番組がはじまって1年目くらいだったのでいわばLifeの春、今回は6年ちょっとたち、番組がこれまでの月一深夜から、二ヶ月に一回へと変化する節目とかぶることになったので、Lifeの秋といった...

P・D・ジェイムズ(羽田詩津子訳)『高慢と偏見、そして殺人』

1920年生まれの女性ミステリー作家P・D・ジェイムズによる、ジェーン・オースティン『高慢と偏見』の後日談をミステリーに仕上げた作品。原題は “Death Comes To Pemberly”。結婚から6年後、二人の男の子に恵まれ広大なペンバリー館で不自由なく暮らすエリザベスとダーシー。しかし舞...

レイモンド・カーヴァー(村上春樹訳)『ビギナーズ』

カーヴァーにしては分厚い本だなと思って手にとった。その分厚さには本編だけでなく編集者によるノートも寄与していて、それによると、既刊の『愛について語るときに我々の語ること』という短編集は編集者ゴードン・リッシュによる大胆なカット(分量が全体として半分以下になりタイトルも変えられてい...

エイモス・チュツオーラ(土屋哲訳)『やし酒飲み』

やし酒を飲むことだけしか能がないという主人公。彼のために一日に200タル以上の酒をつくってくれたやし酒造りが不慮の事故で死んでしまい、困った主人公は、死者が天国に行くまでの間住むという町まで彼を探しに旅立つ。突然自分のことをこの世のことならなんでもできる神々の<父>だとか言い出し...

R. A. ラファティ(伊藤典夫、浅倉 久志訳)『昔には帰れない』

『九百人のお祖母さん』に続いて同じハヤカワから刊行されているはずの『つぎの岩につづく』を読もうと思っていたが、どこの本屋にも見あたらずいつの間にか絶版になっていたらしい。がっかりしているところにこの短編集が出た。『九百人のお祖母さん』は初期作品がメインで、通俗的な作品が多いという...

齋藤慎一『中世から道を読む』

中世とはいうけど戦国時代が中心。鎌倉幕府滅亡〜江戸幕府誕生くらいまで。ロマンをかきたててくれるタイプの本じゃなく、この時代の関東周辺の「道」の実情について書簡、文献、遺跡等からわかることを地道に解き明かしていく。たとえば、この時代は川に橋がかけてなくて(あっても舟橋とよばれる舟を...

レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)『大いなる眠り』

村上春樹が訳すチャンドラーもとうとう四冊目、これで長編の過半数が彼によって訳されたことになる。ずいぶん昔に創元推理文庫版双葉十三郎訳で読んで、ほかは全部ハヤカワなのになぜこれだけ創元なんだろうと思った記憶があるが、これはハヤカワから出ている。翻訳権がハヤカワに移管されたそうだ。 そ...

キース・ロバーツ(越智道雄訳)『パヴァーヌ』

エリザベス一世が1588年に暗殺されたことによってローマカトリック教会が力を盛り返しそのまま20世紀後半まで西側世界や新大陸を支配し続けたらという歴史改変SF。イングランド南西部のドーセット地方を舞台に、この小説が書かれた1968年から4世代に渡る年代記的に物語は展開する。 この物...

『フラナリー・オコナー全短編(上・下)』(横山貞子訳)

たぶん、フラナリー・オコナーの作品を読む前に彼女の人生について知っておいた方がより理解が深まると思う。キーワードは3つ。「アメリカ南部」、「カトリック」、「病気」。 1925年アメリカ合衆国南部ジョージア州に生まれた彼女は学業のため東部に移り住んだ数年間をのぞいてはジョージア州で暮...

古川日出男『MUSIC』

東京と京都、二つの都を舞台に、天才猫スタバの軌跡を追う物語。 MUSICだから音楽のボキャブラリーでいうと、複数のモチーフ(主人公たち)が短く切り替わりながらの序奏がかなり長いこと続く。なかなか身が入らずついついゆっくり読み進んでしまったが、それでいいことは何もない。一気呵成に読み...

平田オリザ『演技と演出』

新刊の『わかりあえないことから』を買おうと思って書店にいったのだけどこちらを選んでしまった。というのも映画『演劇1』をみて、平田オリザの一見そっけない演出スタイルのどこから舞台の上のリアリティがうまれるのか謎だったのだ。 イメージを共有する難しさ。演出家がもっているイメージを観客に...