ジェーン・オースティン(中野康司訳)『ノーサンガー・アビー』

ノーサンガー・アビー (ちくま文庫)

ジェーン・オースティンの残した6つの長編小説はどれも恋愛と結婚がテーマで、もちろん実質上の処女作であるこの作品も例外じゃない。

主人公キャサリンは17歳の少女と書きたくなってしまうが、この作品が書かれた1800年前後のイギリスではふつうに結婚適齢期だったらしい。片田舎で出会いのないキャサリンは近所の資産家アレン夫妻に連れられてバースにゆく。そこでヘンリー・ティルニーという運命の人に出会うわけだが、面白いのは周囲の人間たちだ。まずキャサリンと最初に友達になるイザベル・ソープ。美人で快活でキャサリンの兄ジェームスと婚約までいくがやがて軽薄で打算的な性格が露呈してしまう。そしてイザベルの兄ジョン・ソープ。うぬぼれやで押しが強い性格で一方的にキャサリンに惚れ込み、ナチュラルな虚言癖でキャサリンを困らせ、馬車オタクでとにかく馬車の話しかしない。なにがしかスタイルがある人間なら、ジョン・ソープみたいにはなりたくないと思うんじゃないだろうか。でも、誰の心の中にもジョン・ソープはいる。実際は、彼のような押しの強い人間の方があらゆる面で幸福をつかみやすいだろう。

というのが前半で、後半はヘンリーとその妹エレナー、そしてその父ティルニー将軍に誘われて彼らの住むノーサンガー・アビー(もtもと修道院だったのでアビー=修道院と呼ばれている。キャサリンのあこがれの対象)に滞在する。ここからが俄然面白くなる。キャサリンは日頃読んでいるゴシック小説の影響で将軍がその妻を殺害したか隠して幽閉していると思い込む。このあたりドン・キホーテと同じく既存の荒唐無稽な小説に対する批判的なパロディーという側面がある。ただ、将軍が嫌なやつという直感はあたりで、キャサリンはこのあと屈辱的な目にあわされる。

この時代の結婚は大変だった。上流階級出身の男性は軍人と僧職以外につくことはできなかったのでほぼ相続や贈与された資産の大小がものをいった。女性はさらに大変で結婚しない女性は行き場をなくした。だから女性は少しでも資産の多い男性と結婚しようとした。しかも、この時代は結婚が前提でない恋愛は徹底的に不道徳なものとされていた。ただし、これらは上流階級の話で下流社会にはまた別の世界が広がっていただろう。そういう世界ものぞいてみたい。