スタニスワフ・レム(沼野充義訳)『ソラリス』

従来の訳はソ連時代のロシア語訳からの重訳だったので、検閲や自粛により省略された箇所が多々あったようだが、こちらはオリジナルのポーランド語版からの翻訳で完全版だ。 映画はタルコフスキー版、ソダーバーグ版両方みていたが、 原作小説を読むのははじめて。読み終えてみて、三者三様という感じだっ...

ダーグ・ソールスター(村上春樹訳)『ノヴェル・イレブン、ブック・エイティーン』

ソールスターは現代ノルウェイの作家。本邦初訳だ。タイトルは著者の11番目の長編小説にして18番目の本というそのままの意味。 翻訳者としての村上春樹はチャンドラーなど有名どころを訳すのと並行して、こういう日本でほとんど知られてない作家や作品を紹介している。マーセル・セロー『極北』もそ...

ディケンズ(石塚裕子訳)『大いなる遺産』

はるか昔ぼくが少年だった時分に読んでいるから再読なのだが、覚えていることといったらある貧しい少年がひょんなことから莫大な遺産の相続人に指名されるんだけど、結局おじゃんになってしまう、という骨格とすらいえないシュールなトレイラー映像の如きものだ。さすがにこれで「読んだ」扱いするのは...

アンナ・カヴァン(山田和子訳)『氷』

急激な氷河期の到来で人類をはじめとする生命が滅亡に瀕するというまさにSF的なシチュエーション。とある国の諜報活動に携わっている男が語り手。彼はアルビノで銀色の髪の少女(といっても20歳過ぎで人妻だが)を偏愛している。ひとり旅だった少女を男は追いかけて小さな国にたどり着く。その国は...

エミリー・ブロンテ(鴻巣友季子訳)『嵐が丘』

古典らしくない古典だった。なんというかふつう古典には普遍的で背筋に響く力強さがあるのだが、この作品はとらえどころがなくて単純な理解をすりぬけてしまうのだ。ストーリーにも描写にも難解なところはどこもない。 気まぐれに鶫が辻という場所の人里離れた田舎屋敷を借りたロックウッドという男が、...

円城塔『道化師の蝶』

芥川賞受賞の表題作と『松の枝の記』の2編が収録されている。 『道化師の蝶』は、奇妙な文様の蝶、それをとらえるための特殊な網、ほとんどの時間を飛行機の中で過ごし乗客の着想をとらえてビジネスの種にしている実業家、友幸友幸という数十もの多言語で作品を書き続ける正体不明の小説家、友幸友幸を...

神林長平『ぼくらは都市を愛していた』

ジャケ買いならぬタイトル買い。「ぼくらは都市を愛していた」と言われれば me too と返すしかない。 2つの世界の2人の人物の視点が交互に語られる。 ひとつは、情報震という謎の現象でデジタルデータが破壊されインフラが壊滅的に鳴り、疑心暗鬼で戦争がおこり、人口が激減したあとの世界。情報軍という情...

ガブリエル・ガルシア=マルケス(鼓直訳)『族長の秋』

ある独裁者の長い後半生を描いた作品。彼はこの作品中で名前をもたず「大統領」とのみ呼ばれる。荒れ果てた大統領府で彼の死体をみつける部分からはじまる。その時点で大統領の年齢はまちがいなく100歳は越しており、200歳も越えているかもしれなかった。そこからいったん時代を大きく遡り時代を...

『厭な物語』、『もっと厭な物語』

バッドエンディングの読んでいやな気持ちになる短編小説ばかりを集めたアンソロジー。最初の『厭な物語』がけっこう人気だったようで、なんと続編の『もっと——』が出ていた。二冊まとめて読んでみた。 『厭な——』の方は海外作品のみだが、『もっと——』には日本の作品三編が含まれている。一応収録...

フィリップ・K・ディック(山形浩生訳)『ヴァリス』

序盤は、ホースラヴァー・ファットという小説家が友人女性の自殺をきっかけに精神の平衡を失い奇妙な幻覚や妄想にとらわれ、自殺を試みたり独自の神秘思想を生み出すまでになっていく様を、ファット自らが「必要不可欠な客観性を得るべく三人称で書いている」という体で描かれている。壺から出てきたピ...

佐々木敦『ニッポンの音楽』

簡単に要約するならば、ニッポンの音楽(=Jポップ)を、「内」(すでに日本国内でポピュラリティーを獲得した音楽)と「外」(外国や最先端の未知の音楽)の間の、内が外の影響を受けて変化していく弁証法的な運動としてとらえる史観を提示しつつ、その運動は、内と外の質的な差異が消滅してしまった...

レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)『高い窓』

村上春樹訳のチャンドラーも5冊目。マーロウは裕福な未亡人マードック夫人の依頼で持ち去られた貴重なコインのゆくえをさがす。マーロウはマードック夫人の秘書的な役割をしているマールという若い女性の危うげな不安定さに目をとめる。人が立て続けに2人死に、マーロウの元に失くなったコインが送ら...

G.ガルシア=マルケス(鼓直、木村榮一訳)『エレンディラ』

ラジオから流れてきた朗読に耳を奪われた。ぬかるみでもがいている大きな翼のある老人を助ける。羽毛はすっかり抜け落ちて空を飛ぶことはできないようだった。きいたことのない言葉を話し、こちらの言うことも理解できない。その正体が天使なのか悪魔なのか翼のあるノルウェー人なのか判然としない。家...

チャールズ・ユウ(円城塔訳)『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』

円城塔が訳すんだからふつうのSFではあるまいと思ったとおり、全然ふつうじゃなかった。 作者チャールズ・ユウ自身が主人公。彼はタイムマシンの修理をして生計をたてている。タイムマシンの研究者だった父親は何年も前に失踪して行方不明、母親は介護施設で日曜日の夕食どきの一時間のループの中で暮...

G. ガルシア=マルケス(野谷文昭訳)『予告された殺人の記録』

薄いけど中身は特濃。実際にマルケスの若い頃故郷の小さな町で起きたある凄惨な殺人をベースに、ドキュメンタリータッチで関係者それぞれの視点から実際起きた出来事を克明に再現した小説。 事件そのものは下世話な理由から起きている。結婚式の夜、処女でなかったという理由で花婿バヤルド・サン・ロマ...

岸本佐知子編訳『変愛小説集』

「変」というか奇形的といったほうがいいような愛の形を描いた英語圏の短編を集めた短編集。IIを先に読んでおもしろかったので前巻も読まなくては思っているところで文庫化された。 収録作。 一本の木に偏執的な愛情を抱いてしまった人自身の物語であり、かつパートナーが一本の木に偏執的な愛を抱いて...

J. ケルアック(真崎義博訳)『地下街の人びと』

薄い本なのでつなぎに読むつもりがかなり時間がかかってしまった。ケルアックは麻薬をやりながら3日で書いたそうだから、読むのも意味不明なところを読み飛ばすくらいの気持ちでそれ以上のハイペースで読むべきだった。 ビートニクの拠点サンフランシスコを舞台に、ケルアック自身をモデルとする主人公...

円城塔『これはペンです』

何かどこかの手違いでここまで目を通してしまい、憤っている人がいたとするなら、その誤配を謝りたい。最初から自分宛の手紙ではないとわかっただろうと思うわけだが。その場合、できればこの手記を必要としていそうな人物へと転送していただければ幸いだ。 というわけで転送されてきた。 今まで読んだ円...

プルースト(高遠弘美訳)『失われた時を求めて 第一篇 スワン家の方へ』

いつか読もうと思っていて読めない本の代名詞みたいな作品だが、読もうと思えば読めるものだ。Kindleの電子書籍版にしたのはあとあと検索して読み返すことになるんじゃないかと思ったからだ。まだ第1篇だけだが、全7巻14冊を時間をかけて読了するつもりだ。 読む前の漠然とした印象で、主人公...

海猫沢めろん『左巻キ式ラストリゾート』

文化系トークラジオLIFEでおなじみの海猫沢めろんさんの2004年に書かれた処女作が文庫化されたということで手に取ろうとしたが、ちょうど品薄になったタイミングで大きな本屋を何件かまわったがどこにも置いてない。結局昼休みにオフィスの近くの中規模書店でみつけて、久しぶりに何かを探して...