小林頼子『フェルメールの世界 17世紀オランダ風俗画家の軌跡』

とにかくフェルメールの絵はすごい。だが、そのすごさを難解な言語で表現しようとする批評家たちに筆者はノーととなえる。そんな現代の主観的な視点から語るのではなく、17世紀オランダという時代・場所でフェルメールがどのような意図で作品を描いたかを実証的に解き明かすことが、彼の作品を理解す...

柄谷行人『倫理21』

この本もまた責任に関する本だ。最近もあったが、少年犯罪が起きると決まってその親の責任が問われる。これは欧米にもアジアにもみられない日本独特の現象らしい。その責任は「世間」に対するもので、この「世間」をおそれて日本では親も子も互いに拘束されながら生きざるを得ない。親子関係以外でも、...

加藤典洋『日本の無思想』

ぼくは日本人としてはかなり異端に属すと思っているが、それでもしっかりホンネとタテマエを使い分けて生きていて、よく、タテマエに従うふりはするけどホンネは守るぞというような考え方をしてしまうことがある。筆者は、実はタテマエとホンネどちらも入れ替え可能で、「どっちでもいい」という、思想...

平田オリザ『演技と演出』

よくみにいく劇団「青年団」の主宰である平田オリザ氏の演技・演出論。直前に読んだ本がウィトゲンシュタインに関する本だったので、本書の中の演劇論的な部分を読んでいると、ウィトゲンシュタインが「言語ゲーム」について語っていたことと共通することが多いことに気がつく。 要はいかにして「リアル...

鬼海彰夫『ウィトゲンシュタインはこう考えた』

哲学することと哲学の研究をすることは方法論としてかなりちがうことで、後者には文献学のこつこつとした実証的な作業が必要なのだと思う。本書は、難解で警句のような短い文体で知られるウィトゲンシュタインについて、その遺稿すべてを書かれた時期ごとに分析することにより、彼がいわんとしたことを...

仲正昌樹『「みんな」のバカ! 無責任になる構造』

タイトルは、実は『「みんな」の壁』にしようとしたのではないかと勘ぐりたくなる。 「赤信号みんなで渡れば怖くない」の「みんな」とは誰のことなのだろう。というところからはじまって、「みんな」がだんだんバカになってゆく大衆社会の構造、「みんなの責任」という名前の無責任の体系ということに話...

石川文康『カント入門』

哲学系の本を読んでいると、たとえ名前は明に語られなくても常にちらつく人影。それがカントだ。一度ちゃんと読まなくてはと思って、手に取ったのが、カントの著作ではなく、入門書だというのは我ながらかなりへたれだと思う。 でも、本書は一般向けの入門書にしてはかなり難解だ(もう少しパラフレーズ...

三浦俊彦『可能世界の哲学 「存在」と「自己」を考える』

様相論理というのは、古典的な述語論理に加えて、「可能」とか「必然」という様相をあつかえる体系なのだけど、そこでは「可能世界」という概念が前提とされている。つまり、ぼくらが存在しているこの世界以外に、無数のそうもありうるような世界が存在しているとするのだ。その概念を使えば、「可能」...

内田樹『寝ながら学べる構造主義』

タイトル通り寝ながら学べるかどうか試してみたら、ほんとうにできた。とてもわかりやすく書かれた本だ。ここはひっかかりそうだなというところでは、必ずわかりやすく言い換えてくれるので、怯えることなくすらすら読めてしまう。 学生時代は本屋の棚を眺めると「構造主義」という言葉がたくさん並んで...

竹内薫『超ひも理論とは何か 究極の理論が描く物質・重力・宇宙』

近代以前は万物の源泉を探求するのは哲学の仕事だったけど、今ではそれは自然科学に委ねられている。晦渋な形而上の言葉に代わるのはそれ以上に難解な数式だ。その数式をできる限り使わずにイメージだけでも理解してもらおうというのが本書の目的になっている。 すべては極めて微少な10次元空間のひも...

姜尚中『オリエンタリズムの彼方へ 近代文化批判』

近代西欧社会に登場した規律=訓練型の権力は「知」すなわち学問、文化と結びつくことによって大きな力を発揮した。西欧がオリエントを植民地として内部に組み込んでいく中で、観る側(=西欧)、観られる側(=オリエント)という非対称で差別的な視線から「オリエンタリズム」という支配する知として...

小島寛之『確率的発想法 数学を日常に生かす』

経済学や社会学への応用を目的に発展しつつある、確率に関する比較的あたらしい理論を平易に紹介することが本書のひとつのテーマだ。たとえば、スパムメールの検出にも使われているベーズ推定(実はとても古い理論だが)、確率すらわからないような不確実性を嫌う人間の性向を数理的にモデル化したキャ...

高橋昌一郎『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』

ゲーデルといえば、「不完全性定理」。本書もその例にもれず、はじめに、アナロジーやパズルを使って、不完全性定理を解説している。だが、この部分は同じ講談社新書の野矢茂樹『無限論の教室』の方が深くつっこんでいてしかもわかりやすいと思う。 本書の主眼はそこにはなく、ゲーデルの波瀾万丈の人生...

内田樹『ためらいの倫理学 戦争・性・物語』

いつも大きな示唆をいただいている内田樹氏の著書をはじめて読んでみた。 長さや硬さの異なるさまざまな文章が収められているが、あとがきに書かれているとおり、「自分の正しさを雄弁に主張できる知性よりも、自分の愚かさを吟味できる知性のほうが、私は好きだ」というスタンスは共通している。つまり...

大澤真幸『文明の内なる衝突 テロ後の世界を考える』

以前から読みたいと思っていたのだが、どういうわけかどこの本屋でも見かけなかった。先日、新宿の紀伊国屋でようやく入手することができた。 9・11のテロに関する論考。資本主義がイスラムではなくキリスト教文明の中から生まれてきたことの必然性を説きつつも、今勃興しているイスラム原理主義は、...

大澤真幸『戦後の思想空間』

日本の戦後思想を題材にとった三回にわたる講演の内容をまとめた本。 歴史の年表を現代から60年過去にずらして重ね合わせてみると、いくつか重要な出来事が対応しているのがわかる。そう考えれば、今(1997年)は戦後ではなく、戦前である。戦後というスパンで思想を語る意味もそこにある。思想と...

G.ドゥルーズ(鈴木雅大訳)『スピノザ 実践の哲学』

共通一次試験などと書くと年がばれるけど、受験勉強の時倫理社会の教科書にでてきた思想家の名前で一番印象に残っているのはスピノザだ。何となく可愛らしい名前だからかもしれない。とはいえ、この本を読むまでは、スピノザってモナド論?というようにライプニッツと取り違えているようなありさまだっ...

仲正昌樹『「不自由」論―「何でも自己決定」の限界』

どうにも読みにくかった『バカの壁』の中で、印象に残ったのは、個性をのばすなどということより「共通了解」の方が大事という部分だったのだが、これはそのあたりをさらに哲学的につっこんだ本だ。 ゆとり教育の論理の中にあった「自由な主体」を批判するところからはじまる。つまり、生徒が自ら学び、...

小川洋子『妊娠カレンダー』

小川洋子の書く世界がわかってきた。文章に「ひそやか」、「ひそめる」などやたら「ひそ」が多い。そのせいか「ひそひそ」とつぶやくような文体だ。『妊娠小説』は妊娠している姉、やおなかの中の子供に対する悪意の小説だということになっているけど、それもまたひそやかなものだ。試しに、文中の悪意...

グレッグ・イーガン(山岸真訳)『祈りの海』

最初に読んだ『しあわせの理由』ほどの衝撃は感じなかったが、粒ぞろいの短編集だ。技術の発達や極限的な状況でのアイデンティティの揺らぎがテーマになっている作品が多いのだが、その中で、ほとんどの場合主人公は倫理的な選択をするのだ。それがイーガンの作品で一番好きなところだ。 ★★★...