読書ノート

小川洋子『密やかな結晶』

小川洋子は初読。主人公の女性のメンタリティを反映しているのかもしれないが、淡々としたはかなげな文体だ。 ひとつひとつ、ものが消滅してゆく島が舞台。「消滅」というのは物理的になくなるのではなく、人が認識できなくなることを意味している。たとえば薔薇が失われるというのは、薔薇の花がもって...

ニコルソン・べーカー(岸本佐知子訳)『もしもし』

徹頭徹尾、日本でいうところのテレクラで知り合った男女の電話による会話からなる作品。当然、エロティックな話題が中心で、テレフォンセックスそのものもあるのだが、ニコルソン・ベーカーなので、しらけるような下品さはまったくない。アメリカの西海岸と東海岸という離れたところにいる二つの孤独な...

堀江敏幸『熊の敷石』

堀江敏幸初の文庫化。芥川賞を受賞した表題作のほか二編。 「私小説」というのは毀誉褒貶が激しい言葉なのであまり使いたくないのだが、堀江敏幸の作品をひとことでいえば「私小説」としかいいようがない。すべて一人称の「私」の視点で書かれているので、少なくとも「ぼく小説」や「オレ小説」でないの...

大塚英志『「おたく」の精神史 一九八○年代論』

大塚英志の書く文章は直感に頼りすぎて論理的な精緻さに欠けると、非論理的な直感で思っていたのだけど、本書を読んで、その直感の鋭さに驚かされた。1980年代(一部1990年代もとりあげられる)を近代の終わりととらえて、編集者、文筆家としてその時代を駆け抜けた自分自身の軌跡を自負を交え...

池澤夏樹『夏の朝の成層圏』

池澤夏樹の処女小説。だがその後の作品のエッセンスがすべてつまっている作品だ。『スティル・ライフ』にみられた人間社会から離れたいというデタッチメントへの志向に貫かれている。『マシアス・ギリの失脚』のように南太平洋の島々を舞台にしており、オカルティックな存在への言及もみられる。 誤って...

舞城王太郎『九十九十九』

辞書みたいに分厚い本はたいてい変な本で、それを電車の中で読む人間も間違いなく変な人だ。ぼくが例外でないように、もちろんこの本も例外ではない。 読む前は(清涼院流水が書くような)破天荒なミステリーだと思っていたが、すぐに猟奇でリアリティを保ってゆくタイプの不条理文学だと思い直し、次に...

殊能将之『ハサミ男』

これだけ熱中したミステリーは久しぶりだ。殊能将之という人はおそらく7割から8割くらいの力で物語を綴っている。残りの力は物語の流れを冷静に制御するのに使われているように思われるのだ。だからこそこれだけ完成された世界が描けているのだろう。たまに本来の10割の力がかいま見えるところがあ...

ポール・オースター(柴田元幸訳)『孤独の発明』

小説を発表する前の初期に書かれた自伝的要素の入ったエッセイ。『孤独の発明』という統一したタイトルがつけられているが、収められている二編『見えない人間の肖像』、『記憶の書』は文章のトーンも違うし、別の作品と考えた方がいいと思う。 『見えない人間の肖像』はオースターの父親が亡くなった直...

ジェローム・K・ジェローム(丸谷才一訳)『ボートの三人男』

遠くにあるものをながめるとなぜだかゆったりした気分になれるもので、19世紀末のイギリスのボート遊びの話は、遠すぎて見えないわけでもなく、ちょうどいいくらいの遠さなのだった。でも読んでいて感じたのは遠さより近さの方で、風物は異なれど何がgoodで何がbadなのかという感じ方は共通だ...

池澤夏樹『花を運ぶ妹』

村上春樹の『ハードボイルドワンダーランド』のように、二つの異なった世界が交互に綴られる。ひとつはカオルという女性がバリという勝手知らぬ土地で孤軍奮闘するリアルな世界。もうひとつは哲郎という男性の過去を振り返る、内省的で、いろいろな出来事の意味が神秘的にからまった世界。この二人は兄...

阿部和重『インディヴィジュアル・プロジェクション』

半年前まで軍事・スパイ訓練の私塾にいた主人公は、とある事件で塾が解散に追い込まれたことから、今は渋谷で映写技師をしている。そんな主人公のバイオレンスな日常が日記形式で綴られる。そこに描き出されるのは、固有名詞などはぼくの勝手知ったる渋谷の街だが、さまざまな暴力に満ち溢れている。映...

伊坂幸太郎『オーデュボンの祈り』

読み終わる直前まで「オーデュポン」だと思い込んでいた。その方が響きが自然だと思う。 やけになってコンビニ強盗を働いた「僕」は、逃走の果てになぜか見知らぬ島で朝をむかえる。そこは100年以上も本土と隔絶していて、言葉を話し未来を予見することのできるかかしや、何でも反対のことを話す画家...

高野文子『黄色い本―ジャック・チボーという名の友人』

このコーナーではじめてとりあげるコミック。このコーナーをはじめたのが2003年春で、それからまったくコミックを読んでいなかったということはもちろんないのだけれど、たとえば『20世紀少年』の第14巻を読むということは「読書」という行為とはちょっとちがうもののような気がしたのだった。...

ジャン=フィリップ・トゥーサン(野崎歓訳)『カメラ』

読み終わった直後に、今自分が読んでいたのがどんな本だったか確認するため、もう一度最初のページからめくる必要があるような本だ。薄いし、その中では出来事らしい出来事は数えるほどしか起こらない。「カメラ」というのも後半の数ページに登場してすぐに捨てられてしまうだけなのだ。日常のささいな...

怪奇探偵小説名作選〈8〉日影丈吉集―かむなぎうた

日影丈吉という作家を知ったのは和田誠監督の『怖がる人々』というオムニバス映画の中の『吉備津の釜』という話が最初だ。よくできた話だなと思いつつも、日影丈吉の本を読もうとか、手にとろうとかいうことは特にしてこなかったのだが、10年近くたって、ふとした気まぐれから、文庫になった短編の選...

阿部和重『アメリカの夜』

どこで読んだか忘れたけど、高い志をもちながらばかげたことをしてしまうという文学の系譜があるらしく、サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』などが含まれるそうだ。この作品も間違いなくそこに連なる作品で、多分この系譜の元祖のひとつであるセルバンテスの『ドン・キホーテ』が主人公の...

アントニオ・タブッキ(鈴木昭裕訳)『レクイエム』

4冊目のタブッキ。構成としては『インド夜想曲』によく似ていて、ロードムービーのようにいろいろな場所を訪ね歩き、さまざまな人に出会うというもの。『インド夜想曲』ではインドが舞台だったが、今回はポルトガルの首都リスボン周辺だ。タブッキ自身はイタリア人でイタリア語で作品を発表している作...

ジャン=フィリップ・トゥーサン(野崎歓訳)『浴室』

これまた長い間積読になっていた本。一度機会を逃すとどんなに読みやすい本でも読めなくなってしまう。 「直角三角形の斜辺の二乗は他の二辺の二乗の和に等しい。」というピタゴラスの定理が献辞の代わりに書かれている。主人公が浴室にひきこもったまま外に出なくなる話かと思っていたが、やけにあっさ...

堀江敏幸『郊外へ』

日本語の「郊外」から想い起こされるイメージには二つあって、ひとつは田園と住宅が混じりあったような風景、もうひとつはこの本の中に出てくるサンドラールという詩人の言葉を借りれば「貧しさであり、投機本位の開発で出現した、箱をつみかさねただけの息づまる集合住宅であり、世界の終わりを思わせ...

ニコルソン・ベーカー(岸本佐知子訳)『フェルマータ』

ちょっとどころではなく、教育委員会の禁書リストに入りそうな、かなり「エロい」小説。時間をとめる能力を持つ男。彼はもっぱらその能力を(読者の期待を裏切らず)女性の服を脱がすことに使う。 といっても彼はそれで対象となった女性を傷つけようとは決してしない。節度をもって、むしろ、まるで映画...