読書ノート

ダグラス・アダムス(安原和見訳)『宇宙の果てのレストラン』

底抜けにブラックでシニカルなスペースオペラの2作目。1作目の『銀河ヒッチハイク・ガイド』と物語は完全に継続していて、続編というより前後編の後編、いや全部で5作らしいので(5作からなる三部作とよばれている)ようやくストーリーが佳境に入ってきたという感じだ。 実際、前作は「軽く腹ごしら...

ダグラス・アダムス(安原和見訳)『銀河ヒッチハイク・ガイド』

銀河バイパス建設のために地球が破壊されてたった一人生き残ったときに是非とも必要になる本。それが『銀河ヒッチハイク・ガイド』だ。表紙には大きな読みやすい文字でそういうときにうってつけの言葉―「パニクるな」と書かれている。 20年以上前に読んでなんていかした小説なんだと思ってから長らく...

稲葉振一郎『「資本」論―取引する身体/取引される身体』

リベラリズムとは、他者への寛容を旨として、市場経済のもとで所得の再分配を広く認める考え方だ。個人的にはほかに社会がうまくいくあり方はないだろうと思うのだが、一方には新保守主義(≒ネオリベラリズム)とよばれる市場原理主義的な考え方があり、他方には市場経済に代わるしくみを模索する共産...

グレイス・ペイリー(村上春樹訳)『最後の瞬間のすごく大きな変化』

作者についてはまったく知らなかったが、表紙のエドワード・ホッパーの絵と村上春樹訳ということで読もうと思った。 17編からなる短編集。訳者の後書きから引用すると作者は「フェミニストにして社会運動家、ユダヤ系伝統文化に強く傾倒する、政治意識の強い女性作家」だそうで、作者自身をモデルにし...

仲正昌樹『日本とドイツ 二つの戦後思想』

日本とドイツは似ているといわれる。ともに第二次世界大戦で敗北し、その結果民主化されて経済発展したし、勤勉な国民性が似ているといわれることもある。その両国の戦後の思想状況を「過去の清算」を軸にして比較してみようというのが本書のテーマだ。 「戦争責任」、「国のかたち」、「マルクス主義」...

グレッグ・イーガン(山岸真訳)『万物理論』

死者を一時的に蘇らせたり、自分のDNAを別の分子で書き換えてあらゆる感染の危険性を0にするなど、バイオ技術が究極まで進んだ2055年、物理学の分野でもすべての自然法則を説明する究極の理論「万物理論」が発表されようとしていた。主人公はこの万物理論に関する会議を取材にきた科学ジャーナ...

伊勢田哲治『哲学思考トレーニング』

クリティカルシンキングの入門書。クリティカルシンキングというのは、聞いたこと、読んだことをそのまま信じるのではなく、かといって聞く耳をもたずその場で否定することでもなく、相手の主張を批判的に吟味して正しいかどうかを見極めるための方法論だ。 書いてあるのは突飛ではなくある意味当たり前...

武田泰淳『目まいのする散歩』

この冬ひどい目まいが数日間続いた時期があって、その治りがけのある休日、街への郷愁やみがたくふらふらしながら散歩をしたことがあったが、それってまさに『目まいのする散歩』だよなと思いながら、この本を手に取った。 作者の武田泰淳は脳血栓で倒れたリハビリということで、妻の武田百合子(ぼくは...

スピノザ(畠中尚志訳)『エチカ -倫理学-』

定義があって公理があって定理とその証明がある。まるで幾何学の本のようだ。そう、実際スピノザは幾何学の定理の正しさを証明するように、自分の哲学の正しさを証明しようとしたのだ。でも、それが成功しているかといわれると微妙だ。証明のかなりの部分は言葉の言い換えにしかなっていなくて、むしろ...

スティーヴン・バクスター(中原尚哉訳)『タイム・シップ』

ウエルズの『タイム・マシン』の続編。前回の旅でエロイ族の娘ウィーナを犠牲にしてしまったタイム・トラヴェラーは彼女を救うため再び未来に向かうが、たどりついたのはまったく違う世界だった。 『タイム・マシン』ではタイム・パラドックスに関しては無視されていたけど、100年を経て書かれた本作...

多和田葉子『ゴットハルト鉄道』

女性の書く純文学作品にはある共通な皮膚感覚のようなものを感じる。男性が論理性に頼って言葉をつなげていくのはちがって、彼女たちの言葉にリアリティーを与えていくのはそんな感覚のような気がする。 表題作の『ゴットハルト鉄道』は、アルプス(長野、山梨ではなくヨーロッパにあるほんもののアルプ...

H.G.ウェルズ(橋本槙矩訳)『タイム・マシン』

子供の頃の長い夏休み、図書館である棚の本を右から左へ向けて読んでいくような日々を過ごしていた。当然のように宿題はまるっきり進まず、夏休みの終わりになるとタイム・マシンに乗って過去に遡れたらなあ、なんてことばかり考えていた。 そんなふうにして読んだ本の中に『タイム・マシン』はあったは...

鈴木謙介『カーニヴァル化する社会』

WWWではもっと鋭いことを書いていると思うのだが、単著ということで若干おとなしめ。 第1章は最近よくいわれるニートやフリーターなどの若者の就業意欲の話。人生のレールと呼ばれるものが消滅した現在、社会経済的な要因が大きいとはいうものの、「ほんとうにやりたいこと」を追いかけてなかなか正...

ウィトゲンシュタイン(野矢茂樹訳)『論理哲学論考』

「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」 語りえるものと語りえないものの境界、つまりこの世界の限界を見極めることがこの本の目的だ。読み終えてみると、この本の内容のほとんどは「語りえぬ」ことであることに気がつく。「私を理解する人は、私の命題を通り抜け――その上に立ち――それを乗...

岩井克人『貨幣論』

もしお金というものが存在してなかったらとても不便だっただろう。すべて物々交換なので、互いに自分が売りたいものを必要としている人を捜し回らなくちゃいけない。自分の労働力を売る場合も現物支給になってしまうわけだ。 これらの問題はお金つまり貨幣の登場で一気に解決するわけだけど、貨幣って考...

舞城王太郎『世界は密室でできている。』

主人公の少年と親友のルンババが中学3年生から19歳になるまでを描いた青春小説。ふつうの青春小説とちがうのは、彼らの成長の糧になるのが猟奇的な密室殺人事件だということ。といっても事件そのものはルンババのすさまじいばかりの推理力であっけないくらい簡単に解決してしまうのだけど。 舞城王太...

舞城王太郎『阿修羅ガール』

「減るもんじゃねーだろとか言われたのでとりあえずやってみたらちゃんと減った。わたしの自尊心」という感じではじまるちょっと暴力的な女子高生が語り手の一人称小説。 好きでもないのについ一緒にホテルに入ってしまった同級生の男子が誘拐されて足の指を送りつけられるというサスペンス仕立ての第一...

上野修『スピノザの世界 神あるいは自然』

1000円前後で気軽に読めるスピノザの入門書がずっとなかった(G.ドゥルーズ『スピノザ 実践の哲学』はさすがにちょっと難解だ)。確かに哲学史の流れでいえばスピノザは傍流だし、その後ほとんど発展しているようには見えないけど、それはそのままで完成しているからのような気がする。 満を持して...

ウィリアム・サローヤン(関汀子訳)『ディア・ベイビー』

一昔前の小説や映画といっても多種多様だが、そこに共通して感じるのはこの世界や人間に対する信頼だったりする。サローヤンのこの短編集は比較的シニカルな作品が集められているようなのだけど、それでもそのシニカルさは、どこかほかの場所にシニカルではないストレートなものが存在していて、それと...

玄田有史『仕事のなかの曖昧な不安 揺れる若年の現在』

最近の若いやつらは我慢が足りない。フリーターに甘んじていて、正社員になったとしてもすぐやめる。がつんと鍛え直さなきゃだめだ。なんてことを酒場でくだを巻いているおやじだけでなくマスコミや行政までもが声高にとなえている。でもそれは、長引く不況の中、中高年の雇用を優先したせいで、そもそ...