読書ノート

三浦俊彦『論理学入門 推論のセンスとテクニックのために』

論理というのは不思議だ。たとえば数学の証明問題でいうと、情報はすべて最初に与えられていて、途中で、実はAはBの父親だったということが明らかになったりは決してしない。それをいくつかの自明な推論規則、たとえば「PならばQ」と「Pである」から「Qである」を導き出すようなことをくりかえす...

リチャード・ブローティガン(青木日出夫訳)『愛のゆくえ』

わざと内容を想像させないようにしたかのような邦題がついているけど、原題は「The Abortion: An Historical Romance 1966」、Abortion つまり妊娠中絶なんていう生々しいタイトル。でも中身は、なんといっていいかわからないような、とらえどころのない物語だ。『西瓜糖の日々』同様静けさに包まれているけれど、...

アガサ・クリスティー(中村能三訳)『カーテン ―ポアロ最後の事件―』

誰もがおもしろいと思うように、ぼくもまたアガサ・クリスティーの作品は大好きなのだけど、手に取るのはほんとうに久しぶりだ。クリスティーの世界に耽溺している時期には、愛着をもっている探偵の最後の姿をみたくなかったが、もうすっかり遠ざかってしまった今だからこそ、読むことができる本だ。 ポ...

小田中直樹『歴史学って何だ?』

少子高齢化のおり、人文系の学問に対して、そんな役立たないもの学んでどうするのというような風当たりが強くなりつつある。本書はその標的のひとつといっていい歴史学について、存在意義を解き明かそうとしている。具体的には、ほんとうに史実を明らかにできるのか、そしてそれは社会の役にたつのかと...

舞城王太郎『熊の場所』

三編からなる短編集なのだが、なぜかそれぞれフォント、レイアウトが異なっている。 熊の場所 40×16行。ふとクラスメートのカバンの中に猫の尻尾を見つけてしまった「僕」。人は自分の恐怖の源泉に立ち戻らなくてはならない。それも早ければ早いほどいい。そうしないと、その場所は「熊の場所」にな...

リチャード・ブローティガン(藤本和子訳)『西瓜糖の日々』

その世界では曜日ごとにちがう色の日の光がさす。金曜は白、土曜は青、日曜は褐色、月曜は赤、火曜は黄金色、水曜は灰色、そして木曜は黒。黒い太陽が空にある間は音がまったく聞こえなくなる。西瓜もとれた曜日ごとに色がちがう。だから、西瓜からとれる西瓜糖には七つの色がある。 その世界では、西瓜...

永井均『ウィトゲンシュタイン入門』

ウィトゲンシュタインの入門書は二冊目。今回はウィトゲンシュタインの哲学そのものではなく永井均からみたウィトゲンシュタインというのが読みたくて手に取った。 独我論について多く扱われるなど確かに永井均らしさはでているものの、汲んでも汲んでも汲み尽くせないウィトゲンシュタインの思考を紹介...

永井均『これがニーチェだ』

『ツァラトゥストラかく語りき』を読んだのはもうはるか昔のことだ。哲学書として読もうとしたわけではなく、リヒャルト・シュトラウス作曲の音楽にひかれて手に取ったのだが、年端のいかぬ子供に理解できるわけもなく、難しい漢字と旧仮名遣いを覚えただけだった。それでも何がかっこよくて何がかっこ...

テッド・チャン(浅倉久志訳)『あなたの人生の物語』

SF短編集。 単に発想が奇抜なだけではなく、哲学的に深いテーマを盛り込んでいる。『理解』では脳の働きをエンハンスさせられた男が自分の脳の働きそのものを認識して調整できるようになっているし(つまり彼は「語りえないもの」を語ることができる)、表題作の『あなたの人生の物語』では、エイリア...

永井均『私・今・そして神』

ひとことでいうと、とても「ろましい」本。でもそれほど「しくく」ない。 なぜ私は私で、あなたは私じゃないのか。あなたはあなた?そうかもしれないけど、それは私が私であることとはまったくちがったことなのだ。いま私の前には世界が広がっている。それを目でみて耳できいたりさわってみたりすること...

難波江和英、内田樹『現代思想のパフォーマンス』

新書で出てくるような哲学の入門書は表面をなでるだけで、読んでもわかったようなわからいないように微妙な気分にさせてくれるだけだし、かといって専門書は読みすすむことが目的になって、読み終わって得られるのはわけのわからない達成感だけだったりする。本書は新書ではあるが、ソシュール、バルト...

大塚英志『物語消滅論―キャラクター化する「私」、イデオロギー化する「物語」』

最近やたら大塚英志の本が出ているなと思ったら、これは『バカの壁』と同じように書き下ろしならぬ「語り下ろし」という形で作られた本とのこと。同じ言葉がやたら繰り返されるのもそういうわけだったか、とはげしく納得。「語り下ろし」だと簡単に読み進められるのだけど、ページ数に比して内容が薄い...

グレッグ・イーガン(山岸真訳)『宇宙消失』

久しぶりの長編SF。 突然夜空の星が消失するという現象から30年後の世界。ナノテクを使ってシナプスを自在に結線し、さまざまな機能をインストールしたり、感情をコントロールすることが可能になっている。元警官で探偵の主人公は、病院から行方不明になった全身麻痺の女性を探してほしいという依頼...

大塚英志『「伝統」とは何か』

「伝統」というのは自然にうまれたのではなく、なんらかの必要にせまられて比較的最近に作られたものだというのは半ば常識といってもいいのかもしれないが、それを実感することは難しい。本書では、日本民俗学の祖である柳田國男の足跡をたどりながら、柳田自身ひいては民俗学というものがいかに伝統を...

仲正昌樹『お金に「正しさ」はあるのか』

「正義」と呼ばれるものには二種類ある。ひとつは無限で垂直な正義で、こちらは神(に相当する権威)から与えられる。もうひとつが有限で水平な正義で、個々人間の利害を数値的に調整し、具体的には貨幣の移動という形で実現される。 貨幣経済の発達に伴い前者の正義の力が弱体化し、後者が強まってきた...

吉田修一『パーク・ライフ』

上野公園で暮らすホームレスの生活を描いた作品……では断じてない。吉田修一の作品には、きちんとした仕事を持ち(カタカナ系の商品を扱う会社のサラリーマンかガテン系かに大別される)、人間関係をそつなくこなしている人間が多く登場する。『パーク・ライフ』の主人公もバスソープや香水を扱う会社...

中瀬航也『シェリー酒 知られざるスペイン・ワイン』

シェリーはイギリスのドラマをみているとかなりの頻度で登場する酒で、パブでビール、家でシェリーという感じで飲まれている。たまたま飲んでみたら、さわやかな香りとぴりっとした味わいがすっかり気に入ってしまった。そのとき飲んだのは淡い黄色の「フィノ」と呼ばれるタイプで、その後褐色で梅酒の...

ポール・ヴァレリー(清水徹訳)『ムッシュー・テスト』

すべてのページをめくったが果たして読んだといってよいかどうかわからない。睡眠導入剤として効果覿面なことは保証できる。 ムッシュー・テストとは作者のポール・ヴァレリーが自分自身の性向を極端に押し進めることによって生み出した架空の人物だ。彼は自分の内面をとことんまで追求する。ただの内省...

レベッカ・ブラウン(柴田元幸訳)『体の贈り物』

簡単にいうとHIV患者たちとホームケアワーカーである「私」のかかわりを描いた連作短編集だ。徒に感傷的になることなく、「私」のプロとしての作業の様子をときおりおきるとまどいを含めて丹念に描いている。その仕事の手際よさは逆に患者たちの弱々しさ、そして、いくらつくしてももうすぐ死んでし...

イタロ・カルヴィーノ(米川良夫訳)『見えない都市』

マルコ・ポーロの口を借りて語られる55の架空の都市の物語。どの都市もあるはずのない特異な謎をもっているが、どこか似通っていて交換可能であり、(少なくとも物語の中では)実在するかもしれない都市というより都市という記号について語っているように思える。都市の物語の間にときおりはさまれる...