『コンラッド短編集』(中島賢二訳)

コンラッド短篇集

コンラッドは風邪薬の名前じゃなくて、19世紀末から20世紀はじめにかけてイギリスで活躍した小説家だ。出身は今のウクライナでポーランド系の家系に生まれ、母語もポーランド語だったようだ。船員として世界各国を回るうちに英語を身につけ、37歳の時に陸に降りて小説家としての道を選んだ。そのときの経験が作品に大いに生かされていて、本書に収められている6つの作品の舞台も、南米、イタリア、ロシアなど世界をまたにかけている。

基本的には上質なエンターテインメントといってよくて、とても楽しく読めたのだが、不思議な後味が残る作品ばかりだった。

『エイミー・フォスター』は、船が難破してイギリスの片田舎に流れついた男が、言葉も習慣も異なるため人々から阻害され続ける中で、一人だけ親切にしてくれた娘エイミーと恋愛をして結婚するが、彼女は彼を理解していて愛したわけではなく、まったく理解していなかったために愛することができたという話。エイミーには想像力というものが決定的に不足していたのだ。それはもちろん悲劇につながって、彼女はやがてほかの人々同様彼を気味悪がるようになる。現代日本に舞台を移すなら、ぶつぶつひとりごとをしゃべったりいきなり歌を歌い出したりするところなど、男をおたくという設定にしておくとリアルだろう。電車男とエルメスの真のストーリーはこんな感じかもしれない。

『ガスパール・ルイス』は南米の独立戦争を舞台にした長めの作品。この作品に限らないが、物語の主人公のほかに語り手がいて、その人の口から物語を語らせることによって、リアリティをかもしだすのがコンラッドお得意の手法かもしれない。

『無政府主義者』は無政府主義者たちから逃げ出すために自分を離島で奴隷の身分におとしめる男の物語。彼が求めているのはただひとつ。眠りだ。

『密告者』の舞台になる架空の通りの名前がハーマイオニー街だった。『ハリー・ポッター』のハーマイオニーの名前の由来はこれか?

『伯爵』は、「ナポリを見て死ね」という言葉が落語のさげのように使われる一編。ナポリで安楽な老後の生活を楽しむ「伯爵」と呼ばれる男性の自尊心は、たった一夜の不運な邂逅のせいで、回復不可能なまでに傷つけられてしまう。とても微妙だけど切実な心理が描き出されていた。

『武人の魂』はナポレオンのロシア遠征を舞台にした作品。最後の雪の中のシーンが美しい。

というわけで、次は長編を読んでみたくなった。