鈴木謙介『カーニヴァル化する社会』

WWWではもっと鋭いことを書いていると思うのだが、単著ということで若干おとなしめ。 第1章は最近よくいわれるニートやフリーターなどの若者の就業意欲の話。人生のレールと呼ばれるものが消滅した現在、社会経済的な要因が大きいとはいうものの、「ほんとうにやりたいこと」を追いかけてなかなか正...

ウィトゲンシュタイン(野矢茂樹訳)『論理哲学論考』

「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」 語りえるものと語りえないものの境界、つまりこの世界の限界を見極めることがこの本の目的だ。読み終えてみると、この本の内容のほとんどは「語りえぬ」ことであることに気がつく。「私を理解する人は、私の命題を通り抜け――その上に立ち――それを乗...

岩井克人『貨幣論』

もしお金というものが存在してなかったらとても不便だっただろう。すべて物々交換なので、互いに自分が売りたいものを必要としている人を捜し回らなくちゃいけない。自分の労働力を売る場合も現物支給になってしまうわけだ。 これらの問題はお金つまり貨幣の登場で一気に解決するわけだけど、貨幣って考...

舞城王太郎『世界は密室でできている。』

主人公の少年と親友のルンババが中学3年生から19歳になるまでを描いた青春小説。ふつうの青春小説とちがうのは、彼らの成長の糧になるのが猟奇的な密室殺人事件だということ。といっても事件そのものはルンババのすさまじいばかりの推理力であっけないくらい簡単に解決してしまうのだけど。 舞城王太...

舞城王太郎『阿修羅ガール』

「減るもんじゃねーだろとか言われたのでとりあえずやってみたらちゃんと減った。わたしの自尊心」という感じではじまるちょっと暴力的な女子高生が語り手の一人称小説。 好きでもないのについ一緒にホテルに入ってしまった同級生の男子が誘拐されて足の指を送りつけられるというサスペンス仕立ての第一...

上野修『スピノザの世界 神あるいは自然』

1000円前後で気軽に読めるスピノザの入門書がずっとなかった(G.ドゥルーズ『スピノザ 実践の哲学』はさすがにちょっと難解だ)。確かに哲学史の流れでいえばスピノザは傍流だし、その後ほとんど発展しているようには見えないけど、それはそのままで完成しているからのような気がする。 満を持して...

ウィリアム・サローヤン(関汀子訳)『ディア・ベイビー』

一昔前の小説や映画といっても多種多様だが、そこに共通して感じるのはこの世界や人間に対する信頼だったりする。サローヤンのこの短編集は比較的シニカルな作品が集められているようなのだけど、それでもそのシニカルさは、どこかほかの場所にシニカルではないストレートなものが存在していて、それと...

玄田有史『仕事のなかの曖昧な不安 揺れる若年の現在』

最近の若いやつらは我慢が足りない。フリーターに甘んじていて、正社員になったとしてもすぐやめる。がつんと鍛え直さなきゃだめだ。なんてことを酒場でくだを巻いているおやじだけでなくマスコミや行政までもが声高にとなえている。でもそれは、長引く不況の中、中高年の雇用を優先したせいで、そもそ...

浅田彰『逃走論 スキゾ・キッズの冒険』

単行本としては1984年に刊行された本(文庫化は1986年)なのだが、内容的にはまったく古さを感じさせない。ただ、その当時ポストモダンと呼ばれていた言説がもっていた勢いが今では失われているのは確かなことで、この本の中にある軽快さに、軽さこそがすべてだった80年代という時代とあわせ...

斉藤環『「負けた」教の信者たち ニート・ひきこもり社会論』

「ひきこもり」に対する支援活動で有名な精神科医斉藤環氏が中央公論に連載していた内容をまとめたもの。タイトルとなっているニート・ひきこもりの話題だけでなく、折々の時事ネタをめぐる時評が収められている。 もともとが時評なので、ひとつのテーマに深く切り込んでいくのではなく、気楽にどこから...

アンドレイ・クルコフ(沼野恭子訳)『ペンギンの憂鬱』

背表紙に新ロシア文学と書かれているけど、舞台はウクライナで作者もウクライナ人。でも言語はロシア語で作者も元々ロシア出身だからロシア文学でもいいのかもしれない。 主人公は売れない短編作家なのだけど、新聞向けにまだ死んでいない人物の死亡記事を書きためておく仕事を引き受けることになる。そ...

エドワード・ケリー(古屋美登里訳)『アルヴァとイルヴァ』

前作『望楼館追想』がとても気に入ったので数年ぶりの新作である本書を手に取ってみた。 エントラーラという架空の街のガイドブックという体裁をとりながら、街の名士である双子の姉妹アルヴァとイルヴァの人生を追いかけてゆく。いつかエントラーラを飛び出すことを夢見るアルヴァと家から一歩も出るこ...

サローヤン(伊丹十三訳)『パパ・ユア・クレイジー』

少なくともこの日本では、サローヤンは徐々に忘れられつつあるようで、過去に文庫化されているはずの作品をほとんどみかけなくなっている。『パパ・ユア・クレイジー』が入手できるのも、作者のサローヤンではなく訳者の伊丹十三が最近なぜか注目されているからだ。でも、その訳はお世辞にいい訳とはい...

森岡正博『感じない男』

立心偏に生きると書いて「性」だけど、ちょっと世の中それに振り回されすぎだなと思うことがある。少なくとも男性にとっては、それはそれほど気持ちのいいものではない。だから、多くの男性はもっと気持ちのいいことがあるのではないかと妄想をふくらませ、身勝手な欲望を抱いたりするというのが、本書...

村上春樹『国境の南、太陽の西』

とりあえずこれで、さぼって読んでいなかった村上春樹の作品(少なくとも長編)は読めたはず。はるか以前に読んだ『羊をめぐる冒険』、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』などはもうほとんど忘れかけているが。すばらしかったということだけ覚えている。 ミステリアスなラブストーリー。...

保坂和志『明け方の夢』

夢の中で猫になっていた。それは現実以上にリアルな夢で、彼自身は夢だと思っているものの、ほんとうにそうなのかどうかはわからない。 猫であることはすばらしい。足のまわりの触毛を使えばどんなにでこぼこな地面でもなめらかに歩くことができるし、におい、音など入ってくる情報量がはるかに多い。人...

ウィリアム・サローヤン(関汀子訳)『ヒューマン・コメディ』

「次の瞬間、世界でいちばんすきなもの、貨物列車のとどろきと蒸気の音が遠くに聞こえた。ユリシーズは耳を澄まし、列車の動きにつれて地面が震動するのを確かめると、走り出した。この世のどんな生き物より早く(ママ)走っているつもりだった」というパラグラフを読んだら、貨物列車のそばまで一緒に...

戸山田和久『科学哲学の冒険 サイエンスの目的と方法論を探る』

科学(正確には自然科学)は人間の知的活動の中でもっとも成功しているものといっていいだろうが、それじゃ、その科学っていったいどういうもの?といったことを研究している学問も別にあって、「科学哲学」と呼ばれている。 その中にはいろいろな立場があって、たとえば電子の存在についても合意できて...

北田暁大『嗤う日本の「ナショナリズム」』

偏狭なナショナリズムをふりかざしてものいう人々はどうしようもないと思うが、それを批判する論調もどこかずれていて、問題の核心に届いてないと思ってきた。タイトルからするとこの本もまたそうした批判本のひとつかと思わせるが、そうではなく、「アイロニー」の歴史的変遷をたどり、なぜアイロニー...

村上春樹『スプートニクの恋人』

このところ村上春樹の作品を集中的に読んでいるけど、英米文学をあらためて日本に移入しているという感じを強く持つ。明治の文明開花期に一度そういう仕事が集中的になされたのだけど、いつの間にか日本文学は鎖国的に独自の道を歩むようになっていった。そこに新しい血(「犬の血」かもしれない)を注...