読書ノート

レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)『さよなら、愛しい人』

村上春樹訳のチャンドラー第二弾。清水俊二訳は既読だが、気持ちいいくらいすかーんと忘れていた。 フィリップ・マーロウは、たまたまムース・マロイという巨漢が殺人をおかすところに遭遇する。彼は刑期を終えたばかりで昔の恋人ヴェルマを探していた。興味をもったマーロウは個人的にヴェルマのことを...

モンキー ビジネス 2008 Fall vol.3 サリンジャー号、2008 Fall vol.3.5 ナイン・ストーリーズ号

英米のコアな文学の潮流を紹介するとともに、日々それをヴィヴィッドな訳文にうつしかえている柴田元幸さんが責任編集をつとめる雑誌が発刊されたことにはすぐ気がついたものの、なかなかきっかけがなく、時間ばかり過ぎ去ってしまったが、サリンジャーときいて、ようやく手を伸ばした。伸びきるまでに...

フィッツジェラルド(永山篤一訳)『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』

映画は未見だが、ミーハー心を発揮して、原作だけでも読んでおくかと手に取ったのだった。 生まれたとき老人で徐々に若返ってゆく男を描いた表題作は、自分の経験したことしか小説にできないといわれ続けたフィッツジェラルドにしては、想像力に富んだシチュエーションだ。たぶん、逆向きの人生をたどっ...

トーマス・マン(関泰祐・望月市恵訳)『魔の山』

『カラマーゾフの兄弟』を読んだときにも感じたが、古典がなぜ古典として残っているかというと、単純におもしろいからだ、ということがよくわかった。 時代は20世紀初頭、単純無垢なハンス・カストルプは結核で療養している従兄の見舞い方々、休息をとるためにスイス山中のサナトリウムに3週間の予定...

夏目漱石『草枕』

山路を登りながら、こう考えた。 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角にこの世は住みにくい。 という冒頭部分は、「棹さす」の意味が正反対に誤解されている(正しくは流れに乗るという意味)という話題を含めて、有名すぎるほど有名だが最後まで読み通した人はたぶんそ...

永井荷風『すみだ川・新橋夜話』

永井荷風は、独りで東京を歩き回った、いわばぼくの先達みたいな人なのだけど、山の手に生まれ下町にあこがれてさらにその先の場末に足を伸ばした荷風に対して、場末で生まれたぼくは山の手にあこがれてさらにその先の郊外を目指しているので、まるで方向が逆だし、荷風が愛した花柳界の風俗なんて封建...

H.D.ソロー(飯田実訳)『市民の反抗 - 他五編』

『森の生活(ウォールデン)』で名高いソローのエッセイを6編集めた作品集。 概念的に難しいことが書いてあるわけじゃないんだけど、古典の知識を駆使したレトリックがくせ者で、ソローの文章はついてゆくのに苦労する。話題と話題の間を一足飛びに駆け抜けたり、いつまでも同じところをぐるぐるまわっ...

ポール・オースター(柴田元幸訳)『幽霊たち』

初めて読んだポール・オースターの本を再読。 開業したばかりの探偵ブルーのもとにホワイトという男が依頼をもちこんでくる。ブラックという男を見張り、必要がなくなるまで続けてくれという。簡単そうな仕事に見えたが。ブラックはほとんどアパートから外に出ず、本を読み、ノートに何かを書きつけてい...

古川日出男『聖家族』

すみません、て誰に謝っているかよくわからないけど、つまりはピンと来なかったのだ。この厚さ5cmの真っ赤な本が。だめな本というつもりはさらさらなく、これまでにない新しい世界が意欲的に描かれているのはわかりすぎるくらいわかる。でも、コアにあるものがぜんぜん届いてこなくてほんとうにもど...

ポール・オースター編(柴田元幸他訳)『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』

「物語を求めているのです。物語は事実でなければならず、短くないといけませんが、内容やスタイルに関しては何ら制限はありません」とポール・オースターがラジオで呼びかけて全米から寄せられた179の物語を集めたのが本書。 死、孤独、悔恨、恐怖、信じられない偶然、家族、恋愛、ユーモアなど物語...

海外詩文庫ペソア詩集 (澤田直編訳)

1888年に生まれて1935年に亡くなったポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアの詩集(散文や書簡も含む)。今まで日本語で読めるペソアの本は数が少なくて、値が張るハードカバーばかりだったが、こういう形で手軽に入手できるようになってうれしい。 ペソアはさまざまな名前(異名と呼ばれる)を...

グレッグ・イーガン(山岸真編訳)『TAP』

グレッグ・イーガンの邦訳されていない短編もそろそろ残り少なくなってきて、鍋の残り汁みたいな短編集なんだけど、イーガンらしくないSF的にソフトな作品やホラータッチの作品も含まれていて、別の面を垣間見させてもらった。でもやっぱりおもしろいのはイーガンらしい作品だ。イーガンというとハー...

ポール・オースター(柴田元幸訳)『幻影の書』

息子二人と妻を航空機事故で一度に亡くしたデイヴィッド・ジンマーは、ヘクター・マンという男のサイレント時代の映画との出会いにより、破滅から救われる。ジンマーは、全米各地やヨーロッパに散らばったヘクターの映画のコレクションを訪ね歩き、一冊の本にまとめる。ヘクターは60年以上前に突然行...

古川日出男『ボディ・アンド・ソウル』

なぜかほとんどの書店で古川日出男の単行本は国内ミステリーの棚に置いてある。そもそも彼の小説でミステリーと呼べるものはあるんだろうか。むしろ、もし今まだ「ブンガク」のメインストリームが流れているとすれば、古川日出男は、その中央に近いところを巨大船団を組んで航行しているとぼくは思うん...

ウィリアム・ギブソン&ブルース・スターリング(黒丸尚訳)『ディファレンス・エンジン』

19世紀前半にコンピュータが実用化された別の歴史の物語。コンピュータといってもこちらの世界のような電気駆動のものではなく、蒸気を動力として巨大な歯車で構成される異形のコンピュータだ。技術的な発展はコンピュータに限らず、キノトロープと呼ばれる動画再生装置、ガーニーという自動車など、...

ニコルソン・ベーカー(岸本佐知子訳)『ノリーのおわらない物語』

テレフォンセックスを題材にしたり、時間をとめて女性の服を脱がすことを生き甲斐にする男を主人公にする一方、エスカレータで1階から中二階にあがるまでに見たり考えたことを事細かに叙述した注釈だらけの小説をものした奇才がテーマに選んだのは平凡な9歳の少女の日常生活だった。 作風が変わったと...

小野善康『不況のメカニズム ---- ケインズ『一般理論』から新たな「不況動学」へ』

米国発金融不況まっただ中の今、タイムリーに不況に関する本を読んでみた。 現代の経済学は大きく2つの学派にわかれていて、ひとつが新古典派で、もうひとつが1930年代の世界大恐慌時に活躍したイギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズを学祖とするいわばケインンジアンだ。新古典派という...

宮沢章夫『チェーホフの戦争』

このところにわかにチェーホフづいていて、私淑する宮沢章夫さんがチェーホフに関する本を書かれていることに気がついたので、手に取ってみたのだった。チェーホフの四大戯曲を独自の視点から読み解いた本だ。 いつもながら視点のユニークさに驚かされる。 『桜の園』を「不動産の劇」と呼び、土地私有に...

アントン・チェーホフ(神西清訳)『桜の園・三人姉妹』

先日地点という劇団の舞台で、チェーホフのマスターピース『三人姉妹』と『桜の園』をみてとても刺激的だったのだけど、登場人物やセリフが大幅に省略されていたし、演出がとにかく個性的だったので、オリジナルをちゃんと確認しておかなければと、本書を手に取った。 『三人姉妹』はすでに内容を把握し...

舞城王太郎『ディスコ探偵水曜日』(上・下)

アメリカから日本にやってきた迷子探し専門の探偵ディスコ・ウェンズデイは事件の当事者だった6歳の梢と二人で暮らしている。そんな梢の身に不思議な出来事が起きる。突然身体が成長し、11年後からやってきたと自称する未来の梢がその口を借りて話し始める。行方不明の現在の梢の魂を探してディスコ...