村田沙耶香『コンビニ人間』ebook

コンビニ人間

コンビニのスイーツみたいにぺろりと読んでしまったが、けっこう個人的に身につまされる作品だった。

幼い頃から周囲の人間たちが理解できず溶け込むことができなかった主人公古倉恵子は、大学生の時にコンビニ店員という職業と巡り会い、30代後半になっても就職も結婚も恋愛もせずずっとアルバイトでコンビニ店員としての生活を続けている。人間として当たり前とされている自己実現の欲望や恋愛欲、性欲というものが皆無の恵子であったが、コンビニのマニュアルや目的意識は完全にフィットしたのだ。コンビニ店員はまさに天職だった。ところが、そんな彼女に対する風あたりがこのところ強くなりつつあった。恵子はたまたまの機会をとらえある変化を試してみることにする……。

「つまり、皆の中にある『普通の人間』という架空の生き物を演じるんです。あのコンビニエンスストアで、全員が『店員』という架空の生き物を演じているのと同じですよ」というように恵子は人々の口調や感情表現を意識的にまねてふつうの人間のふりをしている。彼女は彼女なりにこの世界に溶け込もうとしていて、そのための唯一の手段がコンビニ店員であることなのだ。それは実は恵子に限らず人間誰しも行っていることでただふだん意識していないだけだ。人は人のふりをすることで人になるのだ。

でも人はそのことに気がつかず、自分が自然にそうなったと思い込み、他人もそうあるべきだと考えて干渉し、それが無理なら異物扱いして無視する。皮肉なことに恵子に対する風あたりが強くなったのは、彼女の人としての擬態が向上したためだった。

登場人物のひとりは彼らの属する集団を「ムラ」と呼ぶ。そういう彼もまた「ムラ」に寄生してかろうじて生きているような人間だ。「ムラ」の外に出るには核となる強さが必要なのだ。恵子にも彼にもそんな強さはまったくなくむしろ中にはまったくの空虚しかない。だからこそ極端なくらい同化しているふりをしようとしたり、逆に隠れようとしてしまうのだろう。

コンビニがはじめてできたとき、その内部の明るさや清潔さに特別なものを感じていて、「ムラ」の外に出たような気がしていた。これはインターネットにはじめて触れたときにも感じたことだ。今やコンビニもインターネットもすっかり「ムラ」の内部に取り込まれてしまい、むしろ「ムラ」を維持するインフラになってしまっているけど、主人公がコンビニにひかれる気持ちはとてもよくわかるのだ。コンビニをITに置き換えればぼくも似たようなものかもなと、周囲の人々の反応を思い返したりしながら読んだのだった。