アンナ・カヴァン(山田和子訳)『アサイラム・ピース』

アサイラム・ピース (ちくま文庫)

長編『氷』に続いて二冊目のアンナ・カヴァン。こちらはキャリアの初期に書かれた短編集だ。

短編集というとおもちゃ箱みたいに多様な作品が含まれていることを期待してしまうが、これは一色といっていいだろう。それも極度に陰鬱な色合いだ。表題作の『アサイラム・ピース』は、精神を病んだ患者のための湖畔のクリニックを舞台に、8つのパートに分けて、個々の患者の苦悩を描いた連作短編的な話。

それ以外の作品もいくつかの例外を除くとひと連なりの物語になっている。主人公の女性は、正体不明の「敵」に告発され訴訟の被告になっているというシチュエーションで、カフカの『審判』みたいな話。限りなく、単に緩徐の妄想なんじゃないかと思わせるような描写があったりするが、同じ境遇の人への言及があったり、アドバイザーと呼ばれる訴訟の専門家に会いにいくエピソードなど、リアルな出来事としての描写も存在する。こういう物語では一喜一憂のリズムがあるものだけど。これは喜はほとんどなく憂のみ。まあ、そのぶん期待することなく安心して読めた。