カルロ・ロヴェッリ(冨永星訳)『時間は存在しない』
イタリア出身の理論物理学者による時間についての本。
大きく三部構成。
第一部は、現代物理学の知見が動員され、時間の性質としてぼくらが日常的に思っているようなものは存在しないということが示される。まず、時間はどこでも変わりなく流れるものではない。流れ方は場所や速度によって異なるので、現在という時間はユニバーサルに広がるものではなくローカルなものなのだ。そして時間の方向もない。物理法則的には未来の方向も過去の方向も変わりはないのだ。ただ一つの例外は熱だ。熱は熱い方から冷たい方に流れ決しては戻ることはない。これは物理的にはエントロピーと呼ばれるあいまいさを示す量が増える過程とみなすことができて、エントロピーは時間とともに増えていき決して減ることはない。しかし、あいまいさは観測する者の立場により異なるものであり、普遍的なものということはできない。
第二部はそうして時間の概念が崩壊した後残るものについて語られる。結論として、「もの」は原理的には存在せず、出来事とその間の関連だけが残る。
第三部は、そういうなにもないところからなぜ時間というわれわれが考えるものが生まれるのか、著者の私見が混じることを恐れず大胆に解き明かしていく。時間とともにあいまいさ、ぼやけが増えていくというのをひっくり返して、このぼやけを表現するあるパラメータ(「熱時間」という名前をつけている)こそが時間そのものではないかという。それは普遍的なものではなく、たまたまぼくらの属する物理法則と宇宙との反応が原初的にぼやけが極端に少なくてそれが徐々に大きくなる形をとっているから、時間があるように見えるだけなのだ。生物にとっての時間を特徴付ける痕跡や記憶もぼやけの賜だ。
著者は専門の物理以外にも文学や哲学にも造詣が深いようで、全編にわたって引用や言及がされている。これまでの人生を振り返っての述懐や決意もあって、科学の本に似合わず感動的でらあった。
★★★