「冬眠者」という冬の間死んだように眠る人々を題材にした連作短編集。 冒頭の『銅版』は、深夜の駅の画廊で、見つけた3枚の銅版画。そこに描かれているのは「冬眠者」たちの謎めいた歴史と生活。プロローグ的な作品で、この銅版のシーンが以降の作品の中で再現されるか示唆される。 ...
架空の本の書評集。ひとつだけ例外的に実在する本の書評が含まれていて、それはほかでもないこの『完全な真空』の書評だ。その自虐的な手厳しさは別として、この中で本書の内容が的確に紹介されている。ひとつ謎なのが、『テンポの問題』の書評についての言及で、それは本書には収録されてない。本書の別バージョンが存在してそれに対する書評という体裁をとろうとしたレムの悪戯心かもしれない。 ...
15編からなる掌編集。『夢の遠近法』を読んだのも実はこの文庫の発売がきっかけで、なんかびびっと直感に訴えかけるものがあり、まず初期作品から読もうと思ったのだった。で、ようやくそもそものきっかけの本書に手を伸ばした。 ...
なんと17年ぶり2冊目の作品集。収録作は9編。最初の作品集『あなたの人生の物語』に収録の8変と作品集未収録のOPED一編が現時点で発表されている全作品とのこと。 ...
松井周×村田沙耶香のコラボ企画。松井周による舞台をみたので、当然のこととして村田沙耶香による小説版も読んでみた。 演劇版と共通するのは千久世島という離島が舞台であることと、「もどり」という秘祭の存在くらい。芝居ではけっこう重要な役割を果たした、ボーボー様とボビ原人というこの島に伝わる神話は、その内容まで深くは言及されない。 ...
ようやく新作の飜訳が出るというので、復習という意味でなんと15年ぶりの再読。思った以上に忘れていた。 せっかくなので一編ずつコメントをつけておこう。 ...
年も押し迫ってきたところで、すごい作品に出会えた。間違いなく今年読んだミステリーの中でナンバーワン(他にミステリー読んでないけど)。 探偵が犯人を見つける単純なミステリーではなく、探偵役の主人公が失敗しながら同じ日を何度も繰り返すというギミックがついている。しかもそれぞれ別の人物の中に自分の意識だけが宿る。その数は全部で8人。その8人、つまり主観的には8日の間に、被害者イブリンを殺した犯人を見つけ出す必要がある。見つければこの世界から脱出できるが見つけられなければ記憶をすべて消されてまた最初からやり直すというのが、主人公に提示された条件だ。 ...
36の架空の都市を題材にした短編集。といえばイタロ・カルヴィーノ『見えない都市』が思い浮かぶ。これはルーマニア出身の作家によるもの。読み終わるまで新鋭作家が『見えない都市』を下敷きにして発展系として書いたものだとばかり思い込んでいた。それにしてはオーソドックスで、『見えない都市』のポストモダン的なシュールさがないと思ったりもしたが、そういう方向に発展させたのだと思っていた。 ...
16年前に初めて読んだときにはほとんどよさがわからなかったが、先日たまたま部屋の隅で埃をかぶっていたこの本を発掘したときにひっかかるものを感じた。前回読んだときはは物語が発するリズムとぼくが求めているリズムが一致しなかったのかもしれない。それで試しに最初の作品『ファーウェル』を読んでみたら、全編読み直す気になったのだった。 長めのショートストーリーの合間に数ページほどの掌編がいくつかはさまるメリハリのきいた構成。その作品の並びを一言で表現すると多様性だ。けっこう感触が異なる作品が収録されている。夜、上階からのピアノの音を通じての放浪癖のある祖父と少年とのかすかな交流(『冬のショパン』)、再開発前の荒廃した地域の音楽と喧噪にあふれた生活(『荒廃地域』)、架空の映画の文章による再現(『珠玉の一作』)、そしてむしろ詩と言った方がいいようなことばとイメージが奔流する作品(『夜鷹』)、そして荒廃地域の生活と幻想が入り交じる『熱い氷』。冒頭の『ファーウェル』にあるような温かくウェルメイドな詩情のみを期待していると裏切られてしまう。前回読んだときはそれを雑多と感じてしまった気がする。それで「シュール」という的外れな総括をでっち上げたのだ。 ...
3編収録の中短編集。 表題作の『工場』は巨大な工場で働く立場の異なる3人の目から「工場」という不条理空間を描いた作品。不条理と書いたがこの工場はごく普通の日本の大企業であり、そういう場所を経験したことのある者からみたらごく日常的なことしか起きない。むしろ今の標準的な労働環境からみれば恵まれているといえると思う。ただ、契約社員、派遣、正社員と立場の異なる3人からは、この奇妙な身分制度の不条理が浮かび上がってくるし、「工場」は一定期間ぬるま湯の空間を提供する代償として彼らの自己実現を阻みとことんスポイルしようとする。これはこの「工場」に限ったことではなく、日本の会社というシステムに共通するものだ。それを奇を衒わずに描いただけで不条理文学になる。 ...
文革の混乱でなにもかも失った女性科学者の物語から始まり、現代の科学者たちの謎の死へと一転する。そして、写真に写り込むカウントダウンの数字と『三体』という謎のVRゲーム。序盤からもう圧巻だが、中盤以降の謎解きパートになっても、アイデアの噴出量が落ちない。圧巻のSFエンターテインメントだった。 ...
イタリア出身の理論物理学者による時間についての本。 大きく三部構成。 第一部は、現代物理学の知見が動員され、時間の性質としてぼくらが日常的に思っているようなものは存在しないということが示される。まず、時間はどこでも変わりなく流れるものではない。流れ方は場所や速度によって異なるので、現在という時間はユニバーサルに広がるものではなくローカルなものなのだ。そして時間の方向もない。物理法則的には未来の方向も過去の方向も変わりはないのだ。ただ一つの例外は熱だ。熱は熱い方から冷たい方に流れ決しては戻ることはない。これは物理的にはエントロピーと呼ばれるあいまいさを示す量が増える過程とみなすことができて、エントロピーは時間とともに増えていき決して減ることはない。しかし、あいまいさは観測する者の立場により異なるものであり、普遍的なものということはできない。 ...
この本を紹介する方法で、すぐに思いつくのは、作者はこういう人で、こういう人生を送って、それと作品にはこんな関係があるんですという、ライ麦畑のホーラン言うところの《デーヴィッド・カパーフィールド》式のやり方だ。この作者の場合、このやり方で書くべきことはとても多いし、たぶんそれだけ読んでも興味深いと思う。しかし、それだと彼女の作品の成り立ちは説明できるけど、魅力は伝わらない。そう、伝えたいのは魅力の方だ。ところが、その魅力は、生半可に説明してもだめで、実際読んでみないことにはわからないと思う。それも詩集の詩を読むみたいに一編一編時間をおいてじっくり読んだ方がいい。 ...
『サピエンス全史』は現生人類の過去についての本だったが、こちらは未来がテーマだ。最初のうち、同じ材料の残り物を使っているように感じたが、できあがった料理はまったく別物だった。 ...
長編『氷』に続いて二冊目のアンナ・カヴァン。こちらはキャリアの初期に書かれた短編集だ。 短編集というとおもちゃ箱みたいに多様な作品が含まれていることを期待してしまうが、これは一色といっていいだろう。それも極度に陰鬱な色合いだ。表題作の『アサイラム・ピース』は、精神を病んだ患者のための湖畔のクリニックを舞台に、8つのパートに分けて、個々の患者の苦悩を描いた連作短編的な話。 ...
読み始める前は全く意識してなかったが、もうすぐ終戦記念日。いいタイミングで読むことができた。 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』と同じく中高校生に対して行った講義をまとめた本。『それでも』は、明治維新以来日本が関わった4つの戦争について、その意思決定を取り上げた本だが、今回はその中で最大で最悪の戦争、太平洋戦争(前哨戦の日中戦争を含む)に絞って、そこに至るまでに引き返せたかもしれない3つのターニングポイントの交渉における意思決定を扱っている。その3つとは、リットン報告書への対応、三国同盟締結、日米交渉だ。 リットン報告書は1931年の満州事変から翌年の満州国建国という事態を受けて国際連盟の調査団が作成した報告書。かなり日本の状況に配慮した内容だったにもかかわらず、日本は報告書を受け入れず国際連盟脱退を決断する。 ...
ダフネ・デュ・モーリアはヒッチコック映画の『レベッカ』や『鳥』の原作で知られるイギリスの小説家。1907年に生まれて1989年に亡くなっている。これは比較的初期の作品を集めた短編集。 ...
ちょっと間があいてしまったが2冊目の佐藤亜紀。最新作から読み始めたが、いったん処女作に戻ることにした。他の作品を知らないので偶然と言っていいかどうかわからないが、『スウィングしなけりゃ意味がない』同様ナチが絡んでくる話だ。 ...
タイトルや紹介文から、戦時中を舞台に将校が探偵役を務めるミステリーかと思ったが、いい意味で裏切られた。そういう枠組みをはるかに超えるすばらしい作品だった。今年前半に読んだ本で間違いなくナンバーワン。 ...
ふざけたペンネームだと思っていたが、作品は本格的だった。名前を聞いただけでワクワクしてくる南方熊楠、江戸川乱歩など昭和初期の名士たちが活躍し、粘菌による人工知能を開発し、少女型「人形」に組みこむという、ロマンあふれるSF巨編。 ...