形式的には長編小説ではあるが、ひとつのテーマのもとに書かれた3つの中編小説といったほうが近いかもしれない。この作家の本領は短・中編と思ったぼくの直感はそれなりに正しかったようだ。 ...
本書は日本の戦後の写真表現の歩みを概観しようとした本であり、太平洋戦争の終結から現代までを昭和20年代、30年代、40年代、50年代以降、そして1990年以降(岩波現代文庫収録にあたり増補された章)といういくつかの年代に区切って、そのときどきに活躍した写真家、起きたムーブメント、その文化的な背景を紹介している。 ...
漱石が満州で行った幻の講演の内容が明らかになったというニュースが耳新しい今日この頃、ではまずとうの昔に発見済みの講演を読んでみようと思った。 ...
東浩紀、北田暁大両氏編集による論文誌の体裁をとった書籍あるいは、書籍の皮をまとった論文誌。第一弾は「日本」という一見とらえどころのなさそうなテーマだが、大きく、ナショナリズムと公共性の問題、およびサブカルチャーという二つの核をめぐる論文、討議録が掲載されている。 ...
あわただしい労働の日々を抜けだし、異国の河岸に繋留された船の上で半ば隠遁生活を送る「彼」。彼は動かない船の中でただ「待機」する。一見悠々自適の毎日だが、静止した水鳥が水面下で激しく足を動かしているように、彼の思考もまた足下を深くえぐってゆく。それは「ぼんやりと形にならないものを、不明瞭なまま見続ける」ことであり、形にならないものとはおそらく「命の芯」のことだ。本、音楽、ときたま訪れる人々。それらによって船の外の河岸は自由に時空を移動する。 ...
62編からなる短編集。1編あたり4ページ弱で綴られるのは、小説というよりむしろ散文で書かれた詩といった方がいいかもしれない。たとえるなら小説の川が詩の海に流れ込む直前に生息する珍しい微生物たちといったところだろうか。 ...
ケラリーノ・サンドロヴィッチ演出の舞台をみて、どの部分が脚色でどの部分がオリジナル通りなのか知りたくなって、原作を手に取った。結論としては、ストーリーや重要なセリフの持つ意味などは変えられていないが、細部にはかなり手が入っていた。ギャグの部分が全面的に書き換えられているのは当然として、ロシアというローケーションや20世紀はじめという時代をあいまいにするため固有名詞が変えられたり消されたりして、登場人物たちの過去のエピソードも現代的になっている。また原作で指定されている劇中歌もなぜか有名なロシア民謡カチューシャにすげかえられていたのだった。 もっとも大きいのは、大河内浩が演じた衛生局の男、実は男爵の元執事の存在で、原作にはそんな人は出てこない。彼のせいで、終盤わざとらしいというか本質からそれたような盛り上がりをみせるんだけど、やっぱり嘘(というのも変だけど)の存在だったか。まあ、この戯曲のテーマのひとつは「真実」と「嘘」の対比なので、そういう嘘はぜんぜんOKだろう。というか、この物語自体、真実嫌いの老人ルカ(舞台では段田安則が好演していた)がついている嘘なのかもしれないのだから。 ...
8編からなる短・中編集。読む前は、シオドア・スタージョンは甘ったるい通俗的なSFを書く人だと勝手に思い込んでいたけど、もちろんそれは大間違いのこんこんちき号だった。 ...
一時期川上弘美の作品を読みふけったことがあったが、いつの間にか5年以上ごぶさたしていた。作風的には寡作という印象があるが実はかなり多産で、その間に何冊も本がでていたようだ。 ...
ニコルソン・ベーカーなどの風変わりな英米文学を訳している岸本佐知子さんのエッセイ集。翻訳している作品だけでなくエッセイも風変わりだった。 ...
長らく絶版になっていたようだが、昨今のプチベスターブームのおかげで復刊された。 テレポーテーションが一般化し発見者の名をとってジョウントと呼ばれている25世紀。ジョウントによる経済状況の変化により太陽系では長い戦争がまきおこっていた。この物語の主人公ガリー・フォイルはなんの取り柄もない下級船員であり、攻撃を受けて破壊された宇宙船のただひとりの生き残りとして宇宙空間をさまよっていた。そんな彼のそばをある日同じ会社の姉妹船がとおりかかる。彼は必死の思いで救助信号をうち、相手もそれに気がついたはずだが、素っ気なく無視され、通り過ぎてしまった。その瞬間、彼は復讐を誓う。復讐を糧に彼は自らの救出に成功し、悪行の限りを尽くしながら、のしあがってゆく。 ...
明治26年に城戸熊太郎が弟分谷弥五郎とともに一夜に幼児を含む十人の人間を殺した河内十人斬りの事件を題材にした長編小説。文庫で800ページを越える厚さでこの本そのものが武器になりそうだった。 ...
安部公房再読シリーズの第3弾は『密会』。最初に読んだ『壁』、次の『燃えつきた地図』と比べると物語の完成度ははるかに上回っている。安部公房の最高傑作のひとつといっても過言でないだろう。 ある夏の朝、身に覚えのない救急車がやってきて、妻が連れ去られてしまう。彼女の行方を追う男。探索の舞台は盗聴マイクの網が張り巡らされた巨大な迷宮のような病院だ。一瞬カフカの『城』のような無機的な官僚組織かと思うが、病院の中を支配しているのは欲望、それも決して満たされることのない欲望だ。おそらく、妻を探すという行為の中にある嫉妬混じりの欲望が病院のポリシーとたまたま合致したため、男は病院に受け入れられる。骨が溶ける奇病を患った少女、二本のペニスを持つ馬人間、不感症で残虐な女秘書、彼らのさまざまな欲望に男は翻弄される。 ...
オライリーの統計本ということで、初心者向けの入門書と専門書の中間くらいのトーンで、忘れかけている統計のエッセンスを楽をして思い出せるような都合のいい本を想定していたのだが、統計学を体系立てて学ぶ人向けというよりユーザとして用いる人向けに興味深い話題をちりばめたような本だった。まあ、まさにオライリーらしい本だ。 ...
オードリー・ヘップバーン主演の映画は何度かみているし、原作も新潮文庫版で読んだことがあるが、村上春樹訳となれば読まないわけにはいかない。 ...
現代音楽といえば不協和音ビシバシで、メロディーというものが存在しないか甚だしく見つけにくいかで、とっつきが悪いことこの上ないが、ぼく自身は怖いもの聴きたさでたまに耳を傾けているうちに、耳になじむ曲も出てきているような状況だ。 ...
4編からなる短編集。 円城塔は2冊目だが、作風を非常におおざっぱにたとえさせてもらうと、グレッグ・イーガンと高橋源一郎とルイス・キャロル(とあと小説家じゃないけどダグラス・ホフスタッターの名前もあげておこうか)を足しあわせたものを、レフラー球からのぞき込んで変換したという感じだろうか。レフラー球がなんなのかは、表題作の “Boy’s Surface” を参照。 ...
横山裕一の単行本を3冊目からさかのぼって読んできて、最初の単行本の本書に到達した。 短編集ということで、作品ごとに状況設定を把握し直さなくてはいけないし、その中でも動きの激しい作品が多いので、難解度は3冊の中で最高だった。 ...
安部公房再読シリーズ第2弾。 一応探偵小説の形式をとっていて、興信所に勤める主人公の「ぼく」が依頼を受け、失踪した男を探すというストーリー。探偵小説の場合は、謎の量は終盤になるまで増減をくりかえしながら、最後に一気に0になるというトレンドをたどるけど、この小説では、起きる出来事が謎なのかそれとも手がかりなのかよくわからないまま、同じところをどうどう巡りしているような状態が続き、最後に謎は解決せずに発散する。 ...
「時間は実在しない」。そんなことを証明した哲学者がいたらしい。その名はマグタガート。彼の名前を冠してそのパラドックスは「マグタガートのパラドックス」と呼ばれている。以前、それに関する説明を読んだが、なんだかわかったようなわからないような、矛盾した状態にとめおかれて、まさにパラドックスと、違うところで感動したりしていた。 ...