町田康『告白』

告白 (中公文庫 ま 35-2)

明治26年に城戸熊太郎が弟分谷弥五郎とともに一夜に幼児を含む十人の人間を殺した河内十人斬りの事件を題材にした長編小説。文庫で800ページを越える厚さでこの本そのものが武器になりそうだった。

いきなり話がそれるが、昔の方がよほど残酷な事件が多くそれは統計データからも明らかなのに、散発的に事件が起きるたびに治安が昔に比べて悪化しているようにあおる現代のマスコミはほんとうにどうかしていると思う。残虐な事件にもかかわらず当時は、熊太郎たちを英雄視する人々もいたようで、それはこの事件が河内音頭のレパートリーとして歌い継がれていることからもうかがえる。本書の中にも書かれているが、自分の生存だけで手一杯だった当時は、命に対する感覚がちがっていたのだ。

さて、この作品では、主人公熊太郎は、近代的な自我をもちながら、それを言葉として表現できずにもてあまし、直線的なものを回避して常に斜めに逃れるポストモダン野郎として描かれている。その人物造形はほんとうにリアルで、実はこれは熊太郎というモデルを借りた作者町田康の自己告白で、だから『告白』というタイトルになったのかと、信じそうになった。思いと言葉の不一致というのがこの小説の大きなテーマで、河内弁という軽妙でユーモアに富んだ言葉に、熊太郎の反省的な思弁は乗ることができずに空回りし続ける。逆に彼の思想と言語が合一するとき彼は滅亡するのだ。その滅亡の間際、彼は自分のほんとうの思いを神さんに告白しようとする。果たして彼に救いは訪れるのだろうか・・・・・・。

お勧め★