臓器と機械や植物を組み合わせたような異形の住民が住む世界。内ホーナー国という住民ひとりがやっと入れる国のまわりを外ホーナー国という相対的に大きな国が囲んでいた。内ホーナー国のほかの6人の住民は、自分の順番が来るのを待つ間外ホーナー国に設けられた一時滞在ゾーンに身を置いていた。反目しつつも守られていた平和と均衡が、ある出来事をきっかけに破られる。内ホーナー国がさらに縮小し、住民ひとりでもはみ出さざるを得なくなってしまったのだ。 ...
AIが「心」を持つことはできるのかという問いは何度も繰り返されていまだに結論が出てない問題だけど、本書ではその問いはスキップされて、主人公のAF(子どもの友だちとしてつくられたAIロボット)クララは人間以上に繊細な「心」を持ち、中では複雑な感情が揺れ動いていることが所与のこととして提示される。 ...
現代においてもナチは悪の代名詞としておそらく最強で、だからこそ「ナチも良いことをした」という言説が斬新に感じられて、後を絶たないのだろう。しかもそれが昨今増えているという危機感のもと書かれたのが本書だ。 ...
「はじめに」、「あとがき」、そして全体のまとめにあたる「終章」をのぞいて7つの章から構成されているが、そのうち最初の3つの章はオトマトペについて書かれていて、その次の章も子どもの言語習得でオノマトペが果たす役割についての章だ。タイトルからはわからないが本書はオトマトペについての本であるともいえる。 ...
村上春樹作品で一番好きなのは『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』なのだが、これはその文字通りの姉妹編。今回の出版ではじめて知ったのだけど、1980年に雑誌掲載されたあとお蔵入りになっていた『街と、その不確かな壁』(読点がついている)という幻の中編があるらしく、「世界の終わり」の壁に囲まれた街はもともとこの作品に描かれたものだった。単角獣、夢読み、影など主要な要素はそのまま持ち込まれたものの、ストーリー展開はまったく別だった。本書はそのストーリーを含めてリライトを試みた部分が核となっている。 ...
東京の郊外を舞台とする文学作品(小説)を読み解きながら、そのテクストを手がかりとして町(あるいは町外れ)を歩き、それぞれの地域と空間と結びつきを再発見しようとする。以下に読まれるのは、、そうした試みの記録である。 ...
どこの町にも〇〇おじさんとか〇〇おばさんなどと呼ばれるローカルな有名人がいるものだが、通例は何かしらの奇矯な行動により衆目を集めている。本書の「むらさきのスカートの女」はいつも同じ色のスカートをはいていることと、雑踏の中でも人にぶつからず一定のペースで歩けることのほかに際立ったものがあるわけではない。職が長続きせず平日の昼間にうろうろしていることが多いことくらいだろうか。 ...
タイトルにあやかり “Rationality” を駆使して、邦訳でなく英語の原書を読むことにした。邦訳は上下分冊であわせて4000円近くしてしまうのだがなんと650円だった。そうはいっても、Pinkerの文章は簡単ではないので、途中からは図書館で邦訳を借りて答え合わせするのに時折使うという手段をとった。 ...
有隣堂は、横浜出身者にはなじみ深い本屋で、ぼくも幼い頃からずっとお世話になってきた。ところが、最近は紙の本から遠ざかって、お金を落とさなくなっていた。そんななか、たまたまみてみた有隣堂のYouTube『有隣堂しか知らない世界』がおもしろくて一気にはまってしまった。企業YouTubeチャンネルとしては異色のチャンネルがどういう経緯でうまれどういう人たちが関わっているのか気になっていたところ、折も折2月末にこのチャンネルに関する書籍が発売されたというので読みたくなった。電子書籍でなく有隣堂で買うべきだろうということで超久々に紙の本で購入したのだった。 ...
見慣れた街並みが突如として変わったり、目の前で話していた男が、見知らぬ人間に変わってしまうことが日常的におきるような世界が舞台。それはエドワード・ブライスという実業家が発明したワンダーマシンという一種のタイムマシンによってもたらされたものだった。ブライスは世界を少しずつよい場所に変えるという目的のもとでワーダーマシンを操作し世界を変え続けているのだった。 ...
同じ著者の『理不尽な進化』も、あえて進化に関する誤解に焦点をあてていて相当ニッチだったが、これまたニッチな本だ。哲学の入門書ならぬ「門前書」ということで、著者の体験談のパート(である調)とそれに関する「哲学的」(?)な考察のパート(ですます調)が交互にくるスタイルをとっている。 ...
いまさら量子コンピュータのことをまったく知らないと思ったので、最低限の知識をインプットしておくことにした。2005年に書かれた本なので古びてないかなと思ったが、基本的なしくみの話がメインなので、その部分は変化はないのだった。フェーズとしても実用化に向けての研究が少しずつ進んでいるという状況に変わりはなさそうだった。 ...
22歳の女性であるコーデリア・グレイはこの物語の開始時点で小さな探偵事務所の共同経営者だが、冒頭で所長のバーニイが病気を苦に自殺してしまい、彼女がひとりで事務所をきりもりしていくことになる。コーデリアの半生や探偵になるまでの経緯は、回想的に合間合間で語られる。 ...
特殊設定ミステリーという言葉をはじめてみた。最近現実に世界にありえない特殊な設定のミステリーが増えてきて。ジャンルを形成しつつあるらしい。 ...
初読以来8年たって再読したのは、映画『ドライブ・マイ・カー』をようやくみたからだ。完膚なきまでに忘れていて潔いくらいだった。 初読時には各作品の内容にはほとんど触れなかったので、今回は映画とからめつつ各編の内容に触れていこう。 映画のタイトルになった『ドライブ・マイ・カー』からは主要な登場人物やストーリーラインが採用されている。主人公の俳優家福(考えてみるとカフカを彷彿とさせる名前だ)、運転できない彼のためにドライバーを務めるみさき、家福の亡妻(小説では無名だが映画では音という名前が与えられている)のかつての不倫相手のひとり高槻。小説では家福の回想とみさきとの会話のなかで物語は静的に展開するが、映画では、音の生前から語りおこされ、死から数年後、家福は広島で行われる舞台公演を演出家として準備を進め、高槻がその主演俳優として参加するなかで過去と現在がオーバーラップする。 ...
著者名はカタカナではウー・ミンイーと書くらしい。 1971年生まれの台湾の小説家だ。内容紹介の中にあった「マジックリアリズム」という言葉に反応して読もうと思った。 ...
ポール・オースターが他の長編小説発表前に別名で書いたハードボイルド探偵小説。 検察をやめて探偵業を営むマックス・クラインに、元メージャーリーガーで政界進出が噂される、ジョージ・チャップマンが依頼をもちかけてくる。心当たりのない脅迫状が届いたというのだ。クラインは、5年前チャップマンの選手生命を奪った事故が関係しているのではないかと調査をはじめる。 ...
再読のはずだが例によってまったく覚えてない。主人公の私立探偵アルバート・サムソンはもう少しおとなしい常識人かと思っていたがかなり唐突に過激な行動をするし、単なる医療事故の隠蔽か何かの地味な案件かと思っていたら二転三転して複数のとんでもない陰謀が明らかになる。 ...
再読。ご多分に漏れず記憶はあやふやで、迷宮的な半島の中を動き回る冒険小説みたいに認識していたが、かなり違った。もっとダークで思索的な物語だった。 ...
長いことぼくにとって小川哲さんは小説家ではなく村上Radioプレスペシャルのラジオパーソナリティーだったのだが、はじめて作品を読んでみた。 小説家を分類するには何に忠実かということをみればいいと思っていて、倫理感や思想性、文体を含めた詩情、SFというジャンルならジャンル特有の世界観やセンス・オヴ・ワンダー、忠実であろうとするものは人それぞれだが。小川哲さんにとってはストーリーテリングなんじゃないかと思った。冒頭の『魔術師』という作品からしても似ていると思った英語圏の作家はクリストファー・プリーストだ。彼もまたストーリーの巧みさで読ませるタイプの小説家だ。 ...