小野寺拓也、田野大輔『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』

現代においてもナチは悪の代名詞としておそらく最強で、だからこそ「ナチも良いことをした」という言説が斬新に感じられて、後を絶たないのだろう。しかもそれが昨今増えているという危機感のもと書かれたのが本書だ。 本書ではそうした言説のひとつひとつを個別撃破している。なかには〈事実〉として間...

今井むつみ、秋田喜美『言語の本質——ことばはどう生まれ、進化したか』

「はじめに」、「あとがき」、そして全体のまとめにあたる「終章」をのぞいて7つの章から構成されているが、そのうち最初の3つの章はオトマトペについて書かれていて、その次の章も子どもの言語習得でオノマトペが果たす役割についての章だ。タイトルからはわからないが本書はオトマトペについての本...

村上春樹『街とその不確かな壁』

村上春樹作品で一番好きなのは『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』なのだが、これはその文字通りの姉妹編。今回の出版ではじめて知ったのだけど、1980年に雑誌掲載されたあとお蔵入りになっていた『街と、その不確かな壁』(読点がついている)という幻の中編があるらしく、「世界の終...

鈴木智之『郊外の記憶 —— 文学とともに東京の縁を歩く』

東京の郊外を舞台とする文学作品(小説)を読み解きながら、そのテクストを手がかりとして町(あるいは町外れ)を歩き、それぞれの地域と空間と結びつきを再発見しようとする。以下に読まれるのは、、そうした試みの記録である。 というまえがき冒頭の一文に本書の内容がいみじくも言い尽くされている。...

今村夏子『むらさきのスカートの女』

どこの町にも〇〇おじさんとか〇〇おばさんなどと呼ばれるローカルな有名人がいるものだが、通例は何かしらの奇矯な行動により衆目を集めている。本書の「むらさきのスカートの女」はいつも同じ色のスカートをはいていることと、雑踏の中でも人にぶつからず一定のペースで歩けることのほかに際立ったも...

Steven Pinker “Rationality: What It Is, Why It Seems Scarce, Why It Matters”

タイトルにあやかり “Rationality” を駆使して、邦訳でなく英語の原書を読むことにした。邦訳は上下分冊であわせて4000円近くしてしまうのだがなんと650円だった。そうはいっても、Pinkerの文章は簡単ではないので、途中からは図書館で邦訳を借りて答え合わせするのに時折使う...

『老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界』

有隣堂は、横浜出身者にはなじみ深い本屋で、ぼくも幼い頃からずっとお世話になってきた。ところが、最近は紙の本から遠ざかって、お金を落とさなくなっていた。そんななか、たまたまみてみた有隣堂のYouTube『有隣堂しか知らない世界』がおもしろくて一気にはまってしまった。企業YouTub...

鏡明『不確定世界の探偵物語』

見慣れた街並みが突如として変わったり、目の前で話していた男が、見知らぬ人間に変わってしまうことが日常的におきるような世界が舞台。それはエドワード・ブライスという実業家が発明したワンダーマシンという一種のタイムマシンによってもたらされたものだった。ブライスは世界を少しずつよい場所に...

吉川浩満『哲学の門前』

同じ著者の『理不尽な進化』も、あえて進化に関する誤解に焦点をあてていて相当ニッチだったが、これまたニッチな本だ。哲学の入門書ならぬ「門前書」ということで、著者の体験談のパート(である調)とそれに関する「哲学的」(?)な考察のパート(ですます調)が交互にくるスタイルをとっている。 特...

竹内繁樹『量子コンピュータ 超並列計算のからくり』

いまさら量子コンピュータのことをまったく知らないと思ったので、最低限の知識をインプットしておくことにした。2005年に書かれた本なので古びてないかなと思ったが、基本的なしくみの話がメインなので、その部分は変化はないのだった。フェーズとしても実用化に向けての研究が少しずつ進んでいる...

P・D・ジェイムズ(小泉喜美子訳)『女には向かない職業』

22歳の女性であるコーデリア・グレイはこの物語の開始時点で小さな探偵事務所の共同経営者だが、冒頭で所長のバーニイが病気を苦に自殺してしまい、彼女がひとりで事務所をきりもりしていくことになる。コーデリアの半生や探偵になるまでの経緯は、回想的に合間合間で語られる。 本書の主題は、コーデ...

斜線堂有紀『楽園とは探偵の不在なり』

特殊設定ミステリーという言葉をはじめてみた。最近現実に世界にありえない特殊な設定のミステリーが増えてきて。ジャンルを形成しつつあるらしい。 この作品では、天使と呼ばれる、翼があり目鼻口のないのっぺりした顔という異形の生き物が多数降臨し、二人以上殺した人間を地獄に引きずり込んでしまう...

村上春樹『女のいない男たち』

初読以来8年たって再読したのは、映画『ドライブ・マイ・カー』をようやくみたからだ。完膚なきまでに忘れていて潔いくらいだった。 初読時には各作品の内容にはほとんど触れなかったので、今回は映画とからめつつ各編の内容に触れていこう。 映画のタイトルになった『ドライブ・マイ・カー』からは主要...

呉明益(天野健太郎訳)『歩道橋の魔術師』

著者名はカタカナではウー・ミンイーと書くらしい。 1971年生まれの台湾の小説家だ。内容紹介の中にあった「マジックリアリズム」という言葉に反応して読もうと思った。 台北にかつてあった中華商場という巨大なショッピングモールを舞台にした連作短編。ショッピングモールといっても職住一体となっ...

ポール・ベンジャミン(田口俊樹訳)『スクイズ・プレイ』

ポール・オースターが他の長編小説発表前に別名で書いたハードボイルド探偵小説。 検察をやめて探偵業を営むマックス・クラインに、元メージャーリーガーで政界進出が噂される、ジョージ・チャップマンが依頼をもちかけてくる。心当たりのない脅迫状が届いたというのだ。クラインは、5年前チャップマン...

マイクル・Z・リューイン(石田喜彦訳)『沈黙のセールスマン』

再読のはずだが例によってまったく覚えてない。主人公の私立探偵アルバート・サムソンはもう少しおとなしい常識人かと思っていたがかなり唐突に過激な行動をするし、単なる医療事故の隠蔽か何かの地味な案件かと思っていたら二転三転して複数のとんでもない陰謀が明らかになる。 そして語り口もソフトだ...

松浦寿輝『半島』

再読。ご多分に漏れず記憶はあやふやで、迷宮的な半島の中を動き回る冒険小説みたいに認識していたが、かなり違った。もっとダークで思索的な物語だった。 なんとなく舞台は江ノ島みたいな首都圏から近いところを想像していたが、とあるように僻た。 天涯孤独の四十男の主人公迫村は大学教員を辞め、かつ...

小川哲『嘘と正典』

長いことぼくにとって小川哲さんは小説家ではなく村上Radioプレスペシャルのラジオパーソナリティーだったのだが、はじめて作品を読んでみた。 小説家を分類するには何に忠実かということをみればいいと思っていて、倫理感や思想性、文体を含めた詩情、SFというジャンルならジャンル特有の世界観...

松浦寿輝『幽 花腐し』

松浦寿輝作品では『半島』が好きで今回あらたに購入して読み返すことにしたのだけど、そのついでに他の作品も読んでみようと選んだのがこの短編集だ。 6編からなる。ジャンルでいうと幻想文学。何らかの理由で世の中との流れから取り残されて孤立した男が主人公なのが共通だ。『無縁』では歌舞伎町との...

伴名練編『新しい世界を生きるための14のSF』

日本の新人SF作家の短編を14篇集めたアンソロジー。選択の基準は「2022年5月現在で、まだSFの単著を刊行していない」こと。 伴名練さんの作品がすばらしかったので、ほかの現代日本SFも読んでみたくて選んだのだが、予想以上のレベルだった。SFのアイディアもさることながら、それを物語...