松浦寿輝『半島』ebook

B09NVLCSQ9

再読。ご多分に漏れず記憶はあやふやで、迷宮的な半島の中を動き回る冒険小説みたいに認識していたが、かなり違った。もっとダークで思索的な物語だった。

なんとなく舞台は江ノ島みたいな首都圏から近いところを想像していたが、とあるように僻た。

天涯孤独の四十男の主人公迫村は大学教員を辞め、かつて一度だけ訪れて気に入った宿にしばらく滞在しようとS市を訪れる。「S市は瀬戸内海に向かって南に突き出した小さな半島の先端にある。もっと正確に言えば半島の先には島があり半島の先端とその島とをひっくるめたものが S市だった」。舞台となっているのは島の方なのでタイトルはむしろ「島」といったほうが正確かもしれない。

『植物園』、『五極の王』、『易と鳥』、『稲妻の鏡』、『西瓜と魂』、『月の客』という、ある程度独立して読むことの可能な6つの章から構成されている。

最初の3つの章では、迫村は気ままに島を散策するうち、植物園のそばで料理屋をやっている戸村、その娘でダンスをやっている佳代、ベトナム料理店をやってる中国人美女樹芬、昔の教え子の向井、ロクさんという占いをする老人など、さまざまな人々と知り合う。そして海辺の静かな町の下層に迷宮のような通路や抜け道、トロッコの線路などがはりめぐらされていることを知る。そんな暗闇の中、現実とも幻想ともつかないあわいで、迫村は鎖で拘束された裸の子どもを目撃する。彼はあやふやなままそこから抜け出す。その先は樹芬の店だった。やがて彼は樹芬の家で暮らすようになる。彼女の実の祖父であるというロクさんは迫村がやがて「真っ向からの、剝き出しの、〈悪〉それ自体」を犯すと予言する。序盤はこの島のなかに分け入り、つながりをもつパートだ。

『稲妻の鏡』という中間的な章を経て『西瓜と魂』では、プルースト『失われた時を求めて』のように過去世界のさまざまな場所で経験した印象的な瞬間を連想ゲームのように振り返っていく。そして今この瞬間も別の時間の振り返りではないのかという洞察に達し、夜の海に繰り出し遭難しかける。もっとも幻想的で魅力的な章だ。

最後、『月の客』で迫村は独りになり、この島のリアルな闇と暴力を垣間見ることになる。幻滅して島を出て行こうとするがその前にある行為をする。まるでロクさんが予言したそのままの行為を。それをきっかけに今まで現実と象徴の二重写しだった島の現実の部分が崩壊し象徴がむき出しになる。不穏さが高まり、迫村は島を出ていけるのかというところで物語の幕は閉じる。

記憶にあったのとまったく懸け離れていたが、とても質の高い幻想小説だった。

ここから先は蛇足。記憶が確かなら松浦寿輝は村上春樹を批判する文章を書いたことがあったはずだが、けっこう二人の作品には共通するものがある気がする。メタファーにあふれ、超現実的なできごとが次から次へと起きる。もうひとつ主人公は男性で性的にかなり奔放で機会に恵まれ、女性はどちらかというと主人公にインスピレーションを与える巫女的な役割を演じるところも似ている。二人の年齢は5歳差なので、このあたりは昭和中期に青年期を過ごした年代的なことかもしれない。

★★★