松浦寿輝『幽 花腐し』ebook

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松浦寿輝作品では『半島』が好きで今回あらたに購入して読み返すことにしたのだけど、そのついでに他の作品も読んでみようと選んだのがこの短編集だ。

6編からなる。ジャンルでいうと幻想文学。何らかの理由で世の中との流れから取り残されて孤立した男が主人公なのが共通だ。『無縁』では歌舞伎町とのキャバレーをやめて江東区の片隅にひきこもってしまっているし、『ふるえる水滴の奏でるカデンツァ』ではサラ金の取り立てから仕事をやめタイに逃れている。『シャンチーの宵』はたまたま横浜中華街で出会った華僑の老人の言葉に一見安定した足元を揺さぶられる。『幽 かすか』は、病後で療養がてら江戸川のほとりを拠点に東京を彷徨する。『ひたひたと』は江東区の州崎を仕事でさまよううちに自己が薄らぎさまざまな時間や視点が混じり合いながらついには闇の中に溶けていく。ラストの『花腐し』は、金策をあきらめ自らの経営する会社の倒産を受け入れ、気まぐれであるアパートの立ち退きに関わるがミイラ取りがミイラになる。

すべてに共通というわけじゃないけど、多出する要素を挙げると、東京東部の川縁、迷宮、そのためにすべてを擲ってしまうような極私的な美学(眠りという快楽、オパール)、2000年前後の不況が常態化してはいるがまだまだ余裕を感じる空気感、そして物語における女性の役割だ。

世の中の流れから引き離されてはいても、女性は別枠で、独立した意志を持った他者でなく自己の一部であるかのように立ち現れる。そこには関してはかなり昭和を感じてしまう。

いちおしの作品は『幽 かすか』だ。主人公が住む家の迷宮的な変化がいいし、死と生、幽と明のあわいのふわふわした浮遊感が心地よい。「幽」という文字にたくさんの読み方があることを知った。「かすか」、「かそけき」、「あえか」。文字の由来も書いてある。

「山」は火をかたどり、その中に置かれた「幺幺」は黒さを表わし、火にくすんで黒くなること、ひいては「昏い」「微か」を意味する。

この文字が好きになった。

★★★