古川日出男『ルート350』

帯に「初の短編集」と書いてあって、そんなことないだろうと思ったが、そういわれてみればいわゆる短編小説は読んだことがないことに気がつく。というか、なんとなく、ぼくは古川日出男の小説をさんざん読んだ気がしているが、実はまだ数冊しか読んでないのだった。 ...

入不二基義『相対主義の極北』

「真偽や善悪などは、それを捉える「枠組み」や「観点」などに応じて変わる相対的なものであり、唯一絶対の真理や正しさなどはない」という相対主義の考え方は、基本的には賛成なのだが、現実にはびこる相対主義は、単純な現状肯定だけならまだしも、差別、おぞましい悪習、虐殺を肯定する道具に使われたり、一方では、科学的に確認されたことがらも迷信も五十歩百歩なんていいだす相対主義者もいたりして、悪の元凶とすら思い始めているが、考えてみるとそれは相対主義が徹底されていないこと、つまり1回だけ相対主義を適用してそこでやめてしまうことが悪いのだ。相対主義で今まで真実だと思っていたことがある枠組みの中の約束事にすぎないと見抜いて、虚偽だと主張する別の枠組みがありうるということを認めるのが、まず最初の段階だが、そこでストップして、どの枠組みも同等なんていってはだめなのだ。 ...

モンキービジネス 2009 Spring vol.5 対話号

70ページ以上にわたる村上春樹のインタビューが掲載されている(聞き手は古川日出男)。かなりフランクに話していて、村上春樹の創作の秘密というか、秘密なんて特にないということがよくわかる。 ...

村上春樹『1Q84』

日本語が母語でよかった。 上下巻でなくBOOK 1、BOOK 2 なのはひょっとして BOOK 3 がありうるということを示しているのではないかと思ったが、これは、小説の中で言及されるバッハの平均律クラヴィーアの構成を模倣しているためだった。平均律クラヴィーアは、24の前奏曲とフーガがメジャー、マイナー交互に配置されていて、同様の構成のものがBOOK 1、BOOK 2 の二巻作曲されている。『1Q84』も、BOOK 1、BOOK 2 それぞれが24の章から構成されていて、青豆と天吾、二人の男女それぞれが交互に主役を務めるという感じで、完璧に対応がとられている。だから、BOOK 3はたぶんない。 ...

コニー・ウィリス『犬は勘定に入れません あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎』

文庫になる前、ハードカヴァーの本書をみつけて、読みたいとずっと思っていたのだが、消費税をいれるとほぼ3000円という価格に躊躇するうちに時間がたって、やがて、そろそろ文庫化されるんじゃないかという観測が首をもたげてきて、見送り続けてきたが、ここにきて文庫化されようやく根比べが終わった。しかし、考えてみれば、上下間あわせて2000円弱なので、別にハードカヴァー買ってもよかったのかもしれない。 ...

レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)『さよなら、愛しい人』

村上春樹訳のチャンドラー第二弾。清水俊二訳は既読だが、気持ちいいくらいすかーんと忘れていた。 フィリップ・マーロウは、たまたまムース・マロイという巨漢が殺人をおかすところに遭遇する。彼は刑期を終えたばかりで昔の恋人ヴェルマを探していた。興味をもったマーロウは個人的にヴェルマのことをさがしはじめる。そんなマーロウに仕事の依頼が来る。盗まれた宝石を身代金と引き替えに取り返しにいくから護衛してくれというのだ。受け渡し現場にいったマーロウは背後から殴られ気絶する。目が覚めた彼は、依頼人の死体を発見する……。 ...

モンキー ビジネス 2008 Fall vol.3 サリンジャー号、2008 Fall vol.3.5 ナイン・ストーリーズ号

英米のコアな文学の潮流を紹介するとともに、日々それをヴィヴィッドな訳文にうつしかえている柴田元幸さんが責任編集をつとめる雑誌が発刊されたことにはすぐ気がついたものの、なかなかきっかけがなく、時間ばかり過ぎ去ってしまったが、サリンジャーときいて、ようやく手を伸ばした。伸びきるまでにもかなり時間がかかってしまったが……。 ...

フィッツジェラルド(永山篤一訳)『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』

映画は未見だが、ミーハー心を発揮して、原作だけでも読んでおくかと手に取ったのだった。 生まれたとき老人で徐々に若返ってゆく男を描いた表題作は、自分の経験したことしか小説にできないといわれ続けたフィッツジェラルドにしては、想像力に富んだシチュエーションだ。たぶん、逆向きの人生をたどったベンジャミンの疎外感は、フィッツジェラルド自身が感じていた疎外感そのものだったではないかな。 ...

トーマス・マン(関泰祐・望月市恵訳)『魔の山』

『カラマーゾフの兄弟』を読んだときにも感じたが、古典がなぜ古典として残っているかというと、単純におもしろいからだ、ということがよくわかった。 時代は20世紀初頭、単純無垢なハンス・カストルプは結核で療養している従兄の見舞い方々、休息をとるためにスイス山中のサナトリウムに3週間の予定で滞在する。ところが、ハンス・カストルプ自身にも軽度の結核がみつかり、3週間の予定の滞在はその何十倍にも引き延ばされることになる。病人であることがもたらす圧倒的な自由と引き延ばされた時間感覚に幻惑されながら、否応なく比重が高まってしまった精神世界に向き合わされる。 ...

夏目漱石『草枕』

山路を登りながら、こう考えた。 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角にこの世は住みにくい。 ...

永井荷風『すみだ川・新橋夜話』

永井荷風は、独りで東京を歩き回った、いわばぼくの先達みたいな人なのだけど、山の手に生まれ下町にあこがれてさらにその先の場末に足を伸ばした荷風に対して、場末で生まれたぼくは山の手にあこがれてさらにその先の郊外を目指しているので、まるで方向が逆だし、荷風が愛した花柳界の風俗なんて封建時代の遺物としか思えなくて、なぜ荷風がそこまで愛すことができたのか不思議だった。 ...

H.D.ソロー(飯田実訳)『市民の反抗 - 他五編』

『森の生活(ウォールデン)』で名高いソローのエッセイを6編集めた作品集。 概念的に難しいことが書いてあるわけじゃないんだけど、古典の知識を駆使したレトリックがくせ者で、ソローの文章はついてゆくのに苦労する。話題と話題の間を一足飛びに駆け抜けたり、いつまでも同じところをぐるぐるまわっていたりして、今いったい何について語っているのか、わからなくなってしまうのだ。町中を歩いている時みたいに、散漫に土地勘を頼りに歩いていたのではだめで、彼の後を見失わずついてゆくためには、森の中を歩いているときのような研ぎ澄まされた注意力を必要とする。 ...

ポール・オースター(柴田元幸訳)『幽霊たち』

初めて読んだポール・オースターの本を再読。 開業したばかりの探偵ブルーのもとにホワイトという男が依頼をもちこんでくる。ブラックという男を見張り、必要がなくなるまで続けてくれという。簡単そうな仕事に見えたが。ブラックはほとんどアパートから外に出ず、本を読み、ノートに何かを書きつけている。その孤独は、ブルーをも巻き込み、彼は自分の過去の記憶や内面と向き合わざるを得なくなる。 ...

古川日出男『聖家族』

すみません、て誰に謝っているかよくわからないけど、つまりはピンと来なかったのだ。この厚さ5cmの真っ赤な本が。だめな本というつもりはさらさらなく、これまでにない新しい世界が意欲的に描かれているのはわかりすぎるくらいわかる。でも、コアにあるものがぜんぜん届いてこなくてほんとうにもどかしかった。 ...

ポール・オースター編(柴田元幸他訳)『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』

「物語を求めているのです。物語は事実でなければならず、短くないといけませんが、内容やスタイルに関しては何ら制限はありません」とポール・オースターがラジオで呼びかけて全米から寄せられた179の物語を集めたのが本書。 ...

海外詩文庫ペソア詩集 (澤田直編訳)

1888年に生まれて1935年に亡くなったポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアの詩集(散文や書簡も含む)。今まで日本語で読めるペソアの本は数が少なくて、値が張るハードカバーばかりだったが、こういう形で手軽に入手できるようになってうれしい。 ...

グレッグ・イーガン(山岸真編訳)『TAP』

グレッグ・イーガンの邦訳されていない短編もそろそろ残り少なくなってきて、鍋の残り汁みたいな短編集なんだけど、イーガンらしくないSF的にソフトな作品やホラータッチの作品も含まれていて、別の面を垣間見させてもらった。でもやっぱりおもしろいのはイーガンらしい作品だ。イーガンというとハードSFの極北というイメージがあるが、ぼくはそれ以上にモラリストだと思ってきた。今回は特に彼のモラルがうかがえる作品が多い。 ...

ポール・オースター(柴田元幸訳)『幻影の書』

息子二人と妻を航空機事故で一度に亡くしたデイヴィッド・ジンマーは、ヘクター・マンという男のサイレント時代の映画との出会いにより、破滅から救われる。ジンマーは、全米各地やヨーロッパに散らばったヘクターの映画のコレクションを訪ね歩き、一冊の本にまとめる。ヘクターは60年以上前に突然行方不明になったままだった。ところが、ある日、ヘクターの妻を名乗る女性から手紙が届き、ヘクターはまだ存命であり、あなたに会いたいといっているので、招待を受けて欲しいという。ジンマーは疑心暗鬼のまま何度かやりとりが発生するが、ある雨の夜、帰宅する彼を、顔にあざのある美しい女性が待ち構えていて、すぐいっしょにヘクターのところにきてほしいという……。 ...

古川日出男『ボディ・アンド・ソウル』

なぜかほとんどの書店で古川日出男の単行本は国内ミステリーの棚に置いてある。そもそも彼の小説でミステリーと呼べるものはあるんだろうか。むしろ、もし今まだ「ブンガク」のメインストリームが流れているとすれば、古川日出男は、その中央に近いところを巨大船団を組んで航行しているとぼくは思うんだけど。 ...

ウィリアム・ギブソン&ブルース・スターリング(黒丸尚訳)『ディファレンス・エンジン』

19世紀前半にコンピュータが実用化された別の歴史の物語。コンピュータといってもこちらの世界のような電気駆動のものではなく、蒸気を動力として巨大な歯車で構成される異形のコンピュータだ。技術的な発展はコンピュータに限らず、キノトロープと呼ばれる動画再生装置、ガーニーという自動車など、そのほとんどが蒸気を動力としている。 ...