海外詩文庫ペソア詩集 (澤田直編訳)

ペソア詩集 (海外詩文庫)

1888年に生まれて1935年に亡くなったポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアの詩集(散文や書簡も含む)。今まで日本語で読めるペソアの本は数が少なくて、値が張るハードカバーばかりだったが、こういう形で手軽に入手できるようになってうれしい。

ペソアはさまざまな名前(異名と呼ばれる)を使い分けて詩を書いた。それぞれの異名者の生まれ、育ちからアイデンティティまで創造して、その異名者自身として詩作をおこなったのだ。

まずは、無垢で世界をあるがままに肯定するアルベルト・カイエロ。病弱で無職だった彼は1915年に夭逝したことになってるが、ほかの異名者から師としてあおがれる。

古典を愛し、異教的なリカルド・レイス。医師で王党派だった彼はブラジルに移住する。

未来派詩人アルヴォロ・デ・カンボス。造船技師である彼はコスモポリタンとしてヨーロッパ各地を転々とした。

そして、フェルナンド・ペソア。彼もまた異名者の一人なのだ。そのほかにも異名者はたくさんいて、推理小説や評論を書いたりしているそうだ。

別名を使う詩人や小説家はたくさんいるけど、それは読者を煙に巻くためだ。ペソアの場合は自分を偽って自分から逃げるために異名を必要としたのだ。

彼というか彼らの作品にはこのようなアイデンティティの問題をとりあげたものがいくつかある。その中のペソア名義の詩からひとつを引用しよう。

わたしは逃亡者だ
生まれたとき わたしは
自分のなかに閉じ込められた
ああ しかし 私は逃げた

ひとは飽きるものだ
同じ場所に
それなら 同じであることに
どうして 飽きぬことがあろうか

わたしの魂は 自分を探し
さまよいつづける
願わくは わたしの魂が
自分に出逢いませんように

何ものかであることは牢獄だ
自分であることは 存在しないことだ
逃げながら わたしは生きるだろう----
より生き生きと ほんとうに

この「牢獄」という感覚がとてもよくわかる。自分を一番束縛しているのはまぎれもなく自分自身なのだ。ぼくが、ここでこんなふうにブログ書いているのも自分から逃げるためなんだけど、それがいつしか自分になって自分を縛っていると痛感する今日この頃。ぼくも異名者を作ろうか。