最所フミ編著『英語類義語活用辞典』

英和辞典をひくと同じような意味が載っている複数の単語。それぞれ、微妙にニュアンスが異なり、こういうときには使えるけど、こういうときには使えないという違いがある。いわゆる語感というやつで、それをつかむにはたくさんの英語の例文をこなしていくしかないと思っていたが、画期的な本をみつけた。 ...

リチャード・モーガン(田口俊樹訳)『オルタード・カーボン』

27世紀、人の心はデジタル化され、肉体を乗り換えることにより永遠の生命が約束されていた。人類は太陽系の外に飛び出し、ニードルキャストという手段で超高速の通信が可能になっている。 ...

ウィリアム・シェークスピア(小田島雄志訳)『テンペスト』

寓話的なストーリーで演出家のさまざまな解釈を誘ってきた作品だが、震災、原発事故を経験した今、新たなアクチュアルな意味を持つんじゃないかと思って、きちんと読んでみることにしたのだった。 ...

原武史『「鉄学」概論〜車窓から眺める日本近現代史』

単なる鉄道趣味じゃなく、鉄道を媒介にして日本の近現代を俯瞰してみようという本。筆者はそのやり方を学問に模して「鉄学」と呼んでいる。 ...

吉田篤弘『つむじ風食堂の夜』

実はずっとこの本のことが気になっていた。たまたま映画をDVDでみて、やっぱり予想した通り面白くて、ようやく原作に手を出した。結果、ものすごく忠実な映画化だということがわかった。 ...

カズオ・イシグロ(古賀林幸訳)『充たされざる者』

<img src=“http://i1.wp.com/ecx.images-amazon.com/images/I/411xB-d1cNL._SL160_.jpg?w=660" alt=“充たされざる者 (ハヤカワepi文庫)” class=“alignleft” style=“float: left; margin: 0 20px 20px 0;”” data-recalc-dims=“1” /> 以前『日の名残』を読んだときには、「すごい」というより「うまい」というタイプの作家かと思ったが、謹んで訂正したいと思う。カズオ・イシグロはすごい。 文庫で900ページ以上ある大作だが、一気に読んでしまった。 ...

加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』

刊行されたのはもう2年近く前だけど、東日本大震災と原発事故のコンボで第二の敗戦なんていう向きがある昨今、なかなかタイムリーな本だった。 ...

町山智浩『トラウマ映画館』

町山さんのポッドキャスト『アメリカ映画特電』を毎回楽しみにきいている。その博識と話芸で実際にその映画をみるよりもその映画のことが深く理解できるし、しかももっと感動できるような気さえする。 本書でとりあげられているのは、公開はされたものの、あまりにも暗かったり衝撃的だったりで、その後忘れられてしまった映画25本。でも、町山さんの文章で蘇ったそれらの作品はどれもそのまま埋もれさせておくには惜しいものばかりのように思えた。このエントリーを書いている今訃報が飛び込んできたシドニー・ルメット監督の『質屋』なんて実際みてみたら生涯の一本になりそうで、こわい。 ...

ジュノ・ディアス(都甲幸治、久保尚美訳)『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』

タイトルの印象で、オスカー・ワオという傑出した個性と能力をもった主人公が活躍する、(いい意味で)荒唐無稽な冒険SFかと思っていた。実際読み始めても、『指輪物語』やSF、アメコミからの膨大な引用でその印象が裏切られることはなかった、オスカーが予想していたのと違ってかなり情けないオタクだということをのぞいては。 ...

原武史『滝山コミューン一九七四』

<img src=“http://i2.wp.com/ecx.images-amazon.com/images/I/41oJUMLQNSL._SL160_.jpg?w=660" alt=“滝山コミューン一九七四 (講談社文庫)” class=“alignleft” style=“float: left; margin: 0 20px 20px 0;”” data-recalc-dims=“1” /> 思い返せば、小中学校では理不尽で窮屈なことが多かった。だが、毎朝学校に行くのがいやでたまらなかったこと以外、細かいことはもうあまり覚えていない。 ...

村上春樹『雑文集』

村上春樹がデビュー以来書いてきた「雑文」の中から本人自ら69編選んだ本。有名なところではエルサレム賞を受賞したときの『壁と卵』のスピーチの日本語原文が収められている。気楽なくだけた文章もあるが、自らの創作活動を考察する気合いの入った文章もある。くだけている方でいうと、『夜のくもざる』のために書いたけど結局収録しなかったという2編のくだけっぷりが甚だしくて驚く。でも、確かにこれも村上春樹なのだ。 ...

リディア・デイヴィス(岸本佐知子訳)『ほとんど記憶のない女』

200ページくらいに51編もの作品が収録された短編集。どれも幻想的で寓話みたいだけど、題材は自分自身の経験や思考からとった作品が多い気がする。ある意味では私小説。ただし、この「私」が一筋縄ではいかない。「彼女」と三人称になっていることもあるし、物語の主人公とそれを書こうとする作家に分裂していることもある。 ...

C.ディケンズ(青木雄造、小池滋訳)『荒涼館』

『クリスマス・キャロル』はもちろん、大昔に『大いなる遺産』は読んだことがあるし、『二都物語』、『デイヴィッド・カッパーフィールド』などの作品のタイトルは知っていたが、この『荒涼館』の名前を目にしたのは村上春樹の短編小説が最初で、比較的最近のことだった。別にその中で内容が紹介されたり、ストーリーとの関連が匂わされたりしたわけではないのだが、とにかく久しぶりにディケンズが読みたくなった。 ...

村上春樹『ノルウェイの森』

元旦にトラン・アン・ユン監督の映画をみて、読み直そうと思った。 みているときにも感じたが、結局のところ、映画はきれいな映像つきのインデックスのようなものだった。その映像美を堪能するだけで十分価値はあるが。主要な出来事がどんな様子でどういう順番で起きたかということは、ちゃんと伝えてくれる。でも映画は小説を読む体験の代替にはまったくならない。ストーリーの流れに関係ないエピソードが削られているというのも、その理由の一つだが、映画はあくまでこの物語をラブストーリーとして描こうとしている気がした。確かに、発刊時に大ベストセラーになったこともあり、この作品はほかの村上春樹作品とはちがった受けとめ方をされてきたけど、今読むと、ぶれていないというか、他の作品同様、生と死、そしてある種のどうにもならなさを描いた作品だった。表面的には「ラブ」の要素が強い作品だけど、映画はことさらその描写に時間を割きすぎたような気がする。 ...

レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)『リトル・シスター』

チャンドラーの長編小説としては5作目、村上春樹の訳業としては3作目。旧訳では『かわいい女』というよくわからないタイトルがついていたが、今回原題に即したタイトルにあらためている。直訳すると『妹』になってしまうので、カタカナタイトルもしかたないだろう。 ...

ダシール・ハメット(小鷹信光訳)『マルタの鷹』

理解できたどうかは別として少年時代に一度読んでいるはずだし、ひょっとしたら大人になってから一度読んだかもしれない。だが、いずれにせよ断片すら覚えておらず、真新しい気持ちで読むことができた。 ...

Arthur Miller "Death of a Salesman"

読もうと思った直接のきっかけはこの前DVDでみて感動した映画 “Synecdoche, New York” の中で主人公 Caden がこの作品を演出するシーンがでてきたりもして、演劇好きとしてこの古典的な作品の内容を把握しておいた方がいいと思ったからだ。もちろん最初は日本語で読もうと思っていた。英語版を選んだのは、戯曲でセリフが中心なら英語でもすらすら読めると思ったからだ。もちろん、セリフが中心な分だけかえってニュアンスをとるのが難しかったり、ト書きも実際かなり緻密だったりして、思ったほど簡単ではなかったが、とにかく最後まで読み通すことができた。 ...

セルバンテス(牛島信明訳)『ドン・キホーテ(後編)』

前編『機知に富んだ郷士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』の10年後に出版された後編は『機知に富んだ騎士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』というタイトルだ。タイトルの変化は伊達ではなく、久しぶりに遍歴の冒険に繰り出したドン・キホーテ、サンチョ・パンサ主従をとりまく環境が大きく変わっている。前編が大当たりして彼らが有名になったという現実世界での事実が物語の中にも反映して、ドン・キホーテは無名の狂人ではなく、有名な狂人になってしまったのだ。だから、冒険はドン・キホーテの妄想から生まれるのではなく、彼を本で読んで知っていて、からかってやろうとする物好きな人々によってもたらされる。前編では、ドン・キホーテたちの冒険より彼らが見聞きする挿話的なサブストーリーの方が分量的に主だったが、後編は名実ともにドン・キホーテたちの冒険の物語になっている。 特に、サンチョ・パンサの活躍はめざましく、短期間ながら領主になって島(?)を治めるのだ。その統治ぶりがなかなか見事で、周囲の人々や読者を驚かせる。 ...

古川日出男『ハル、ハル、ハル』

長編小説かと思ったら中編小説が3つ。3編に共通するのは、房総半島が物語の舞台として登場すること、そして主人公が少なくとも客観的には「犯罪」といわれることをおかしてしまうこと。それも、単なる世間道徳や法というレベルを超えて、かなり普遍的にいやな気持ちになるような罪だ。そこには意味も救いも感じられない。 ...

ラッタウット・ラープチャルーンサップ(古屋美登里訳)『観光』

絶対に覚えられそうもない名前、アルファベットでは Rattawut Lapcharoensap。タイ系の名前だが、作者の国籍はアメリカ、作品も英語で書かれている。1979年にアメリカで生まれ、タイで育ち、大学からアメリカに戻る。なにからなにまでハイブリッドだ。ちなみに男性だ。 ...