ジュノ・ディアス(都甲幸治、久保尚美訳)『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)

タイトルの印象で、オスカー・ワオという傑出した個性と能力をもった主人公が活躍する、(いい意味で)荒唐無稽な冒険SFかと思っていた。実際読み始めても、『指輪物語』やSF、アメコミからの膨大な引用でその印象が裏切られることはなかった、オスカーが予想していたのと違ってかなり情けないオタクだということをのぞいては。

ところが、第一部第2章で主人公がオスカーの姉ロラに変わり、その先では母、祖父など彼の一族のシリアスな物語が語られる。ドミニカという西インド諸島の国、そしてその国を30年の長きにわたって私物化した独裁者トルヒーヨの影とともに。

予想していたのとは違ったけれど、ドミニカとこの一族の不幸な歴史にのめり込むように一気に読み切ってしまった。いやあ、独裁者がいる社会はつらい。その独裁者の下には何百万の協力者(密告者、暴力警官、ギャング)がいるし、独裁者を倒しても別の独裁者がとってかわるだけだったりもする。オスカーも結局独裁の残滓のようなものに命を奪われるのだ。あるいは「フク」と呼ばれるコロンブス上陸のときから面々と伝わる呪いのようなものに。

オスカーの無謀な行動には感情移入できなかったけど、その最後の手紙はなんか感動的だった。それだったらよかった、と思えた。