ガウラヴ・スリ&ハートシュ・シン・バル(東江一紀訳)『数学小説 確固たる曖昧さ』

ルイス・キャロル的あるいはポストモダン的なものを期待して手に取ったが、物語や語り口はきわめてオーソドックス。というよりそれは主役ではないのだ。主役は、数学、そして真理が果たして存在するのかという中二病的な問、この二つだ。 ...

フランク・オコナー短編集

何を隠そう、この著者に注目したわけはフラナリー・オコナーと名前が似ているからだ。それによってフラナリー・オコナーの名前もぼくの記憶に強く刻み込まれることになったので、見事な連係プレーにお見事というしかない。とはいっても、この二人は、名前からわかるように性別はちがうし、生まれた年と場所も、フランク:1903年アイルランド生まれ、フラナリー:1925年アメリカ南部生まれ、と隔たっている。しかも、なんとフランク・オコナーというのは筆名で、本名はマイケル・オドノヴァンというのだ。 ...

柴田元幸『翻訳教室』

数え切れないくらいの本を翻訳されてぼくもさんざんお世話になっている翻訳家にして大学教授の柴田元幸さんが、東京大学でおこなった翻訳演習の授業を本としてまとめたもの。授業は、文庫本にして1ページから2ページくらいの課題の英文をあらかじめ学生たちが訳してきて、それをベースに教師と学生たちが議論しながらよりよい翻訳にしあげていくという形をとっている。 ...

福永信『一一一一一』

6編からなる連作短編集といってよいのだろうか。『一二』、『一二三』、『一』、『一』、『一』、『二一』という奇妙なタイトル、しかも3,4,5番目は同じタイトル(タイトルといえるなら)だ。 ...

西崎憲編訳『短編小説日和 英国異色傑作選』

英国の小説家20人の短編小説を一編ずつ集めたアンソロジー。掲載順に名前と生没年を列挙すると、ミュリエル・スパーク(1918-2006)、マーティン・アームストロング(1882-1974)、W.F.ハーヴィー(1885-1937)、キャサリン・マンスフィールド(1888-1923)、H.E.ベイツ(1905-1974)、グレアム・グリーン(1904-1991)、ジェラルド・カーシュ(1911-1968)、マージョリー・ボウエン(1886-1952)、T.F.ポウイス(1875-1953)、エリザベス・グージ(1900-1984)、ヴァーノン・リー(1856-1935)、F.アンスティー(1856-1934)、L.P.ハートリー(1895-1972)、ニュージェント・バーカー(1888-1955)、ナイジェル・ニール(1922-2006)、チャールズ・ディケンズ(1812-1870)、M.P.シール(1865-1947)、ロバート・エイクマン(1914-1981)、ジーン・リース(1890-1979)、アンナ・カヴァン(1901-1968)。比較的女性が多いのと、著名な人は少ないのが気がつくところだ。幻想的な作品が多いのは別にわざとではなく、もともと短編小説というジャンルは超自然的な題材を扱うところからはじまったと巻末に収録された短編小説に関する論考に書いてあった。日常的な題材が扱われるようになったのはチェーホフの影響が大きいらしい。 ...

村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』

発売早々に読んだ人たちの感想は酷評に近いものが多かったが、ぼくはかなり楽しめた。前作『1Q84』より10倍以上好きな作品だ。 自称平凡で特徴がなく空虚な男多崎つくるは高校生のとき4人の同年代の仲間と一体感に満ちた友情を結ぶが、二十歳のとき、突然仲間から追放されてしまい、しばらくの間死にとりつかれた日々を送った。16年後、36歳(100-村上春樹の実年齢)になったつくるは一見平穏な日々を送るが、まだ心の奥底で過去を引きずっていた。つくるは年上の恋人に諭され、自らの過去に向き合うため旅に出る……。 ...

鈴木謙介、長谷川裕、Life Crew『文化系トークラジオLifeのやり方』

生ける伝説といっていいようなラジオ番組文化系トークラジオLifeの二度目の書籍化。最初の書籍が番組がはじまって1年目くらいだったのでいわばLifeの春、今回は6年ちょっとたち、番組がこれまでの月一深夜から、二ヶ月に一回へと変化する節目とかぶることになったので、Lifeの秋といった感じだろうか。番組放送開始時からの古参リスナーとしては、プロデューサーの黒幕こと長谷川裕さんとメインパーソナリティーのチャーリーこと鈴木謙介さんが語るLifeのこれまでの軌跡、特に番組最大の危機といえる2012年前半のチャーリーの「育休」をめぐる裏話はとても興味深かった。また、これまでの放送のうち特徴的な3つのテーマを取り扱った回のリミックスが、今回あらたに追加された感想戦ともども収録されている。いまでも結構鮮明に覚えているし、ポッドキャストで全編聴くことができるが、こうして文字に起こして読むと新鮮だ。この本でLifeに興味をもった人にもいい入門になるだろう。 ★★★ ...

P・D・ジェイムズ(羽田詩津子訳)『高慢と偏見、そして殺人』

1920年生まれの女性ミステリー作家P・D・ジェイムズによる、ジェーン・オースティン『高慢と偏見』の後日談をミステリーに仕上げた作品。原題は “Death Comes To Pemberly”。結婚から6年後、二人の男の子に恵まれ広大なペンバリー館で不自由なく暮らすエリザベスとダーシー。しかし舞踏会の前夜、予期せぬ客があらわれ、森の中で死体が発見される……。 ...

レイモンド・カーヴァー(村上春樹訳)『ビギナーズ』

カーヴァーにしては分厚い本だなと思って手にとった。その分厚さには本編だけでなく編集者によるノートも寄与していて、それによると、既刊の『愛について語るときに我々の語ること』という短編集は編集者ゴードン・リッシュによる大胆なカット(分量が全体として半分以下になりタイトルも変えられている)が施されたバージョンで、この『ビギナーズ』はそれをオリジナルの形に復元したものということだ。 ...

エイモス・チュツオーラ(土屋哲訳)『やし酒飲み』

やし酒を飲むことだけしか能がないという主人公。彼のために一日に200タル以上の酒をつくってくれたやし酒造りが不慮の事故で死んでしまい、困った主人公は、死者が天国に行くまでの間住むという町まで彼を探しに旅立つ。突然自分のことをこの世のことならなんでもできる神々の<父>だとか言い出して、酒の飲み過ぎによる誇大妄想かと思ったら、ほんとうに不思議なものすごい力をもっており、死神をやすやすと捕まえたりするのだ。道中、人間以外の奇妙な種族(日本でいう妖怪のような存在)に苦しめられたりもてなされたりしながら、奇妙奇天烈、やし酒を飲み過ぎた幻覚のような旅は続く……。 ...

R. A. ラファティ(伊藤典夫、浅倉 久志訳)『昔には帰れない』

『九百人のお祖母さん』に続いて同じハヤカワから刊行されているはずの『つぎの岩につづく』を読もうと思っていたが、どこの本屋にも見あたらずいつの間にか絶版になっていたらしい。がっかりしているところにこの短編集が出た。『九百人のお祖母さん』は初期作品がメインで、通俗的な作品が多いという感想を持ちそうになったが、この短編集を読んでそう思う人はだれもいないだろう。特に二部にわかれているうちの後半の収録作品はちょっとこじれた作品を集めたというだけあってきわだってマニアックだ。同じSFでもイーガンなどハードSFの論理的思考とは対極のオカルト的な思考をつきつめた作品が多い。 ...

齋藤慎一『中世から道を読む』

中世とはいうけど戦国時代が中心。鎌倉幕府滅亡〜江戸幕府誕生くらいまで。ロマンをかきたててくれるタイプの本じゃなく、この時代の関東周辺の「道」の実情について書簡、文献、遺跡等からわかることを地道に解き明かしていく。たとえば、この時代は川に橋がかけてなくて(あっても舟橋とよばれる舟をならべた簡素な橋)、急な増水ですぐに渡れなくなったらしい。だから川の上流の渡りやすい地点を目指して遠回りをすることが一般的だった。 ...

レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)『大いなる眠り』

村上春樹が訳すチャンドラーもとうとう四冊目、これで長編の過半数が彼によって訳されたことになる。ずいぶん昔に創元推理文庫版双葉十三郎訳で読んで、ほかは全部ハヤカワなのになぜこれだけ創元なんだろうと思った記憶があるが、これはハヤカワから出ている。翻訳権がハヤカワに移管されたそうだ。 ...

キース・ロバーツ(越智道雄訳)『パヴァーヌ』

エリザベス一世が1588年に暗殺されたことによってローマカトリック教会が力を盛り返しそのまま20世紀後半まで西側世界や新大陸を支配し続けたらという歴史改変SF。イングランド南西部のドーセット地方を舞台に、この小説が書かれた1968年から4世代に渡る年代記的に物語は展開する。 ...

『フラナリー・オコナー全短編(上・下)』(横山貞子訳)

たぶん、フラナリー・オコナーの作品を読む前に彼女の人生について知っておいた方がより理解が深まると思う。キーワードは3つ。「アメリカ南部」、「カトリック」、「病気」。 ...

古川日出男『MUSIC』

東京と京都、二つの都を舞台に、天才猫スタバの軌跡を追う物語。 MUSICだから音楽のボキャブラリーでいうと、複数のモチーフ(主人公たち)が短く切り替わりながらの序奏がかなり長いこと続く。なかなか身が入らずついついゆっくり読み進んでしまったが、それでいいことは何もない。一気呵成に読み進んで最高の速度を保ったままクライマックスにたどりつくべきだった。このクライマックスにこの物語のエッセンスがすべて濃縮されているのだ。 ...

平田オリザ『演技と演出』

新刊の『わかりあえないことから』を買おうと思って書店にいったのだけどこちらを選んでしまった。というのも映画『演劇1』をみて、平田オリザの一見そっけない演出スタイルのどこから舞台の上のリアリティがうまれるのか謎だったのだ。 ...

ジョン・スコルジー(内田昌之訳)『アンドロイドの夢の羊』

原題は “The Android’s Dream” だが、「アンドロイドの夢」というのは羊の品種の名前なので、邦題についている「羊」は余計というわけでもない。「羊」がついてもこのタイトルがP. K. ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』へのオマージュなのはすぐわかる。だからこそ手に取ったわけだ。内容もディック風の幻想的悪夢世界を想像していたのだが、その期待はまんまと裏切られて、ウェルメイドなエンターテインメントSFだった。 ...

村上春樹『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011』

19のインタビューのうち13が海外メディアのインタビューというところが特徴的。村上春樹「作家はあまり自作について語るべきではない」と思っていて、平凡な人間である自分自身に対して出なく作品の方に興味を持って欲しいといっている。ただ、海外に対してはある種の責任感を感じるらしく、比較的積極的にインタビューに応じているようだ。 ...

速水健朗『都市と消費とディズニーの夢——ショッピングモーライゼーションの時代』

『思想地図β Vol.1』の特集の著者執筆パートの拡大版。経済効率の重視や市場原理の徹底によって都市の公共機能が変化し、都市がショッピングモールと一体化していく「ショッピングモーライゼーション」(著者の造語)という現象について書かれている。 ...