柞刈湯葉『横浜駅SF』

横浜駅は「完成しない」のではなく「絶え間ない生成と分解を続ける定常状態こそが横浜駅の完成形であり、つまり横浜駅はひとつの生命体である」と何度言ったら — 柞刈湯葉(いすかり・ゆば) (@yubais) January 4, 2015 元はといえばすべてはこのツイートを皮切りに連ツイされた物語の断片からすべてははじまった(ぼくもち...

北杜夫『どくとるマンボウ航海記』

夜と霧の隅でからさらに遡っておそらくこの本が一番最初に読んだ「大人の本」だったと思う。 1958年11月から1959年4月まで半年近く、筆者が船医として水産庁の漁業調査船に乗り込んだ航海の記録。60年近く前の航海日誌読んで意味があるのかなんて考えもしたが(それをいうなら初めて読んだ...

マーク・トウェイン(柴田元幸訳)『ジム・スマイリーの跳び蛙 —マーク・トウェイン傑作選—』

マーク・トウェインといえばトム・ソーヤーハックルベリー・フィンといってしまうのは素人。SF、歴史物、そして晩年は幻想的で奇妙な味わいの作品も書いている。柴田元幸さん編訳ということでさぞかしマニアックなチョイスをしているんだろうと思ったが、短いほら話というような作品がメインで驚いた...

ジャック・ヴァンス(日夏響訳)『終末期の赤い地球』

タイトルにひかれて読んでみた。1950年、ヴァンスのキャリアの最初期に書かれた作品だ。タイトルはSFみたいだがむしろ魔法が活躍するファンタジーだった。 太陽の力が衰えたはるか未来の地球。そこは魔物が跳梁跋扈し科学技術にかわって魔法が使われる世界だった。本書はこの設定をベースにした6...

北杜夫『夜と霧の隅で』

子供の本から大人の本への移行期に読んだ本を何十年かぶりで再読してみた。『ドクトルマンボウ航海記』が気にいって小説に手を出したのだが、あの頃の自分にどれだけわかったか疑問だ。 短編4つ、中編1つからなる作品集。ほとんど内容を忘れている中で、作品の好き嫌いとか良い悪い関係なく、『羽蟻の...

夏目漱石『虞美人草』

夏目漱石の代表作のひとつなのにその存在を忘れていた。朝夢現のときにテレビで内容を紹介していて読もうと思ったのだった。 漱石が教師を辞めて朝日新聞社に入社し作家専業になって書いた最初の作品だ。漢文がベースの流麗な表現がちりばめられていて美しさを感じるものの、現代人(ぼくのことだ)にと...

イザベラ・バード(時岡敬子訳)『イザベラ・バードの日本紀行』

イザベラ・バードは1831年イングランド生まれの女性冒険家。世界各地を旅行しいくつか旅行記を残しているが、その中のひとつがこの日本を訪れて書かれたものだ。まだ維新から10年後の1878年、元号でいうと明治11年だ。5月21日に船で横浜に上陸してから12月24日に同じく横浜から上船...

トム・ジョーンズ(岸本佐和子訳)『拳闘士の休息』

今年の春くらいに書店のイベントで見つけて興味をひかれたが、機会を逸してこのまま読まないで終わりそうなところに作者の訃報。次に読む本に昇格した。 読む前はポストモダンでSF的な作風なんじゃないかと勝手に思っていたが、実際はシンプルで力強い人間ドラマに深い洞察が入り交じる、知っている作...

スティーヴ・エリクソン(越川芳明訳)『きみを夢みて』

久しぶりに読む紙の本にして、『黒い時計の旅』以来2冊目のスティーヴ・エリクソン。 (ストレートには意味をとりにくい)詩的な表現が全編にあふれていて、小説というより壮大な叙事詩を読んでいるような気になってくる。テーマはずばりアメリカ(という理想)だ。ロサンゼルス郊外で暮らすある家族(...

村田沙耶香『消滅世界』

人工授精が一般化しセックスによる生殖が行われなくなった並行世界の日本が舞台。夫婦は人工授精で生まれた子供を育てるための姉弟や兄妹のような関係で、夫婦間でセックスをすることは「近親相姦」と呼ばれてタブーとなり、それぞれ別に恋人(リアルの人間の場合もあればフィクションのキャラクターで...

ジョーゼフ・ヘラー(飛田茂雄訳)『キャッチ=22』

モンティパイソンみたいなナンセンスでシュールなユーモア。本国アメリカではそれほど売れなくてイギリスでベストセラーになったのもうなずける。このユーモアに最初にやにやしながら読んでいたのだが、いや実はこれはユーモアじゃなくて(小説の中の)事実に即しておきたことをそのままのカフカ的な不...

村田沙耶香『コンビニ人間』

コンビニのスイーツみたいにぺろりと読んでしまったが、けっこう個人的に身につまされる作品だった。 幼い頃から周囲の人間たちが理解できず溶け込むことができなかった主人公古倉恵子は、大学生の時にコンビニ店員という職業と巡り会い、30代後半になっても就職も結婚も恋愛もせずずっとアルバイトで...

ウラジーミル・ソローキン(望月哲男、松下隆志訳)『青い脂』

はじめてのソローキン。まったく予備知識なしに読み始めた。 冒頭、シベリアの奥地で7ヶ月間の極秘任務についた生命文学者ボリス・グローゲルが年下の同性愛の恋人に送る書簡という形で物語は進められる。任務は青脂という温度とエントロピーが不変の物質の製造だ。そのためにロシア文学の文豪のクロー...

稲葉振一郎『不平等との闘い ルソーからピケティまで』

タイトルをみて、そういえばピケティブームあっという間に過ぎさってしまったな、という感慨に打たれたが、『21世紀の資本』の邦訳出版が2014年末で、もうそれからそれなりに年月が経過しているのだった。時の流れが速すぎる。 『不平等との闘い』というタイトルには煽りが入っているやも。中身は...

ベン・H・ウィンタース(上野元美訳)『地上最後の刑事』

舞台となっているのはほぼ現代だが、半年後に直径6.5kmの小惑星が地球に衝突し人類の半分以上が即死し文明の消滅が確定しているという設定。秩序はかろうじて保たれているが、自殺したり、離職して死ぬまでにしておきたいことリストを実現しにいく人が続出して、衝突前から文明は崩壊しはじめてい...

海猫沢メロン『明日、機械がヒトになる ルポ最新科学』

SR, AI, アンドロイド、3Dプリンター等今ホットなな科学技術の第一人者に取材した科学ルポの形をとりつつ、幼い頃は自分をロボットだと思っていたという筆者の「人間と機械の境界はどこか」という疑問を解き明かそうとした本。インタビューの合間に著者の独白がはさまる構成が斬新だ。 人間にそもそも自由...

グレッグ・イーガン(山岸真、中村融訳)『クロックワーク・ロケット』

異形で独自の生態と文化を持った知的生物が科学技術で世界の有り様を探るなかで危機に気がつきそれを乗り越えようとする姿を描いているのは『白熱光』も同じだが、そちらではぼくらの住む宇宙の中の話だったが、本作では別の物理法則を持つ別の宇宙が舞台になっている。 ぼくたちの宇宙の相対性理論は時...

チャールズ・ブコウスキー(柴田元幸訳)『パルプ』

ブコウスキーが死の直前最後に完成させた小説。他の作品は作者の分身が主人公の私小説的な物語らしいのだけど(作者の分身チナスキーは本書のなかでは古書店主の「ついいままで飲んだくれのチナスキーがいたんだ」という言葉の中にだけ登場する)、これは私立探偵が主人公のハードボイルド小説という形...

筒井康隆『メタモルフォセス群島』

『おれに関する噂』に続いて筒井康隆のオリジナル短編集を読み返そう企画第2弾。こっちには絶対はずせない名作『走る取的』と『毟りあい』(野田秀樹演出の舞台『THE BEE』を見たので割と記憶に新しい)が収録されている。前者は逃げても逃げても追いつかれ自ら逃げてはいけないほうに逃げてしま...

ウンベルト・エーコ(河島英昭訳)『薔薇の名前』

今年の1月にブックオフで入手した翌月にエーコが亡くなり、それから4ヶ月が経過してようやく読み終えた。分厚い単行本を手でもっているだけで腱鞘炎になりそうだった。 大昔みたショーン・コネリー主演の映画では、出来事の順番を変えて、最後にカタルシスを感じるようになっていたが、原作はまったく...