宮沢章夫『チェーホフの戦争』

このところにわかにチェーホフづいていて、私淑する宮沢章夫さんがチェーホフに関する本を書かれていることに気がついたので、手に取ってみたのだった。チェーホフの四大戯曲を独自の視点から読み解いた本だ。 いつもながら視点のユニークさに驚かされる。 『桜の園』を「不動産の劇」と呼び、土地私有に...

アントン・チェーホフ(神西清訳)『桜の園・三人姉妹』

先日地点という劇団の舞台で、チェーホフのマスターピース『三人姉妹』と『桜の園』をみてとても刺激的だったのだけど、登場人物やセリフが大幅に省略されていたし、演出がとにかく個性的だったので、オリジナルをちゃんと確認しておかなければと、本書を手に取った。 『三人姉妹』はすでに内容を把握し...

舞城王太郎『ディスコ探偵水曜日』(上・下)

アメリカから日本にやってきた迷子探し専門の探偵ディスコ・ウェンズデイは事件の当事者だった6歳の梢と二人で暮らしている。そんな梢の身に不思議な出来事が起きる。突然身体が成長し、11年後からやってきたと自称する未来の梢がその口を借りて話し始める。行方不明の現在の梢の魂を探してディスコ...

ピエール=フランソワ・モロー(松田克進、樋口善郎訳)『スピノザ入門』

「スピノザは、専門的哲学研究の外部の世界でもっとも人気のある哲学者の一人」と書かれている事例のひとつが、このぼくで、だから本書を手に取ったわけだ。さて、なまじ人気があると、いろいろなことをいわれてしまうのが世の常で、その中のどれが確かでどれが眉唾なのかを切り分けつつ、本書は、彼の...

スティーヴン・ミルハウザー(柴田元幸訳)『マーティン・ドレスラーの夢』

19世紀末のニューヨーク、葉巻商の息子マーティン・ドレスラーは、ホテルのベルボーイからはじめて、カフェチェーンの経営、そして自らの夢を形にしたホテルの所有、と成功への階段を圧倒的な速度で駆け上がってゆく。まさにアメリカンドリームを地でゆくような物語だが、細部を拡大するような不思議...

佐藤春夫『美しき町・西班牙犬のいる家 他六編』

リアル中坊のとき以来の佐藤春夫。少なくとも『美しき町』は再読のはずだが、当然のことながらほとんど覚えていない。 絵を志していた主人公の青年は旧友に誘われて、東京の一角に理想的な美しい町を生み出すプロジェクトに参加する。彼の仕事は町を作る候補となる地域をみつけ、完成後の姿を絵にしてお...

アルカジー&ボリス・ストルガツキー(深見弾訳)『ストーカー』

タルコフスキー『ストーカー』の原作。原題は『路傍のピクニック』という意味だが、邦訳では映画のタイトルを使っている。基本的に映画とは別物というか、映画は設定と登場人物を借用しているだけで、別の作品と考えた方がいいかもしれない。だが、それぞれがそれぞれにすばらしかった。 地球上のいくつ...

M・コーニイ(山岸真訳)『ハローサマー、グッドバイ』

帯にはSF恋愛小説の最高峰なんて銘打たれているし、M・コーニイなんてほとんど聞いたことないし、どうしようかなと思っているうちに、夏が終わりそうになったので、あわてて手に取り、ぎりぎり8月中に読み終えることができたのだった。 主人公である思春期の少年、少女の恋愛描写に特に新味はないの...

小島寛之『容疑者ケインズ』

筆者の書いた数学関係の本は何冊か読んだけど、本書は本職である経済学の啓蒙書だ。140ページちょっとで薄いし文字も大きいけど、内容は濃密で、マクロ経済学の嚆矢であるケインズの理論のだめなところをだめと断じた上で、そのエッセンス(+その発展)を現代の学説上で拾い上げて、いわば推定無罪...

高橋昌一郎『理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性』

『理性の限界』という挑発的なタイトルがつけられているが、欲望に負けて……、というような通俗的な物語ではなく、ときとして万能に思える人間の理性に、原理的に備わっている三つの限界を朝生のスタイルで楽しく紹介している。 まずは、選択の限界。複数人が民主的に何か...

中平卓馬『なぜ、植物図鑑か 中平卓馬映像論集』

写真家中平卓馬の1967年から1971年にかけての評論集。もともと編集者なので、感覚的なところは少なくて、どこまでもロジカルでかつ戦闘的だった。そういう意味では写真家中平卓馬としての著作ではなく、評論家中平卓馬の著作といったほうがいいかもしれない。このあと1977年に生死の境をさ...

チェーホフ(松下裕訳)『チェーホフ・ユモレスカ 傑作短編集 I』

1880年から1887年、つまりチェーホフが20歳から27歳までに書いた掌編・短編から65編をよりすぐったもの。タイトルが示すように軽いユーモア小説ばかりで、特に前半は、どうもピンとこなかったり、若い頃に特有のシニカルさが上滑りしたような作品が多くて、退屈で、あくびをこらえながら...

稲葉振一郎『増補 経済学という教養』

本書は経済学の素人を自認する筆者が同じく素人のために書き上げた経済学の入門書であり、読んだ人がずぶの素人から(筆者のような)筋金入りの素人になることが目標だ。 素人ならではの大胆さというか、不平等(=格差)、不況などの身近な切り口から、経済学内部の対立をあぶりだし、わかりやすく整理...

堀江敏幸『回送列車』

堀江敏幸のエッセイを読むのははじめてだけど、はじめてという気がしないのは、これまで読んだ堀江敏幸の小説は作者自身とおぼしき姿がちらつくエッセイ的なものが多かったせいだ。それがぼくだけの印象でなく筆者自らもそう思っていることは、本書のなかで以下のように語られていることからもわかる。...

モーム(中野好夫訳)『雨・赤毛』

サマセット・モームの作品を読むのは、中学生の時に読んだ『月と六ペンス』以来ではなかろうか。 雨あられと微妙に韻を踏んでいるけど、『雨・赤毛』という単独の作品ではなく、『雨』、『赤毛』それに『ホノルル』という南太平洋を舞台にした作品3編からなる短編集。いつになく本格的な梅雨に嫌気がさ...

町田康『浄土』

ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!...

ブッツァーティ『神を見た犬』

1906年に生まれ1972年に亡くなったイタリアの小説家ブッツァーティの短編集。 ブッツァーティなんて(日本人にとっては)とてもおぼえにくい名前だけど、難解なところはどこもなく、訳文もこなれていてとても読みやすかった。 おおざっぱにジャンルに関連づけると幻想文学ということになるらしい...

森山大道『犬の記憶』、『犬の記憶 終章』

森山大道本人の言葉を借りるなら、「自身の記憶に基づき、僕を通り過ぎた時間にあった幾多の出会いや出来事について、撮り、記すこと」というテーマはどちらの本も共通しているが、タッチはかなり違っていて、1980年代はじめに書かれた『犬の記憶』は、微細なひとつひとつの記憶の根源をクローズア...

シオドア・スタージョン(矢野徹訳)『人間以上』

形式的には長編小説ではあるが、ひとつのテーマのもとに書かれた3つの中編小説といったほうが近いかもしれない。この作家の本領は短・中編と思ったぼくの直感はそれなりに正しかったようだ。 世間から見捨てられているが実は超能力をもつ子供たちが登場するいわばミュータントものなのだけど、特筆すべ...

飯沢耕太郎『増補 戦後写真史ノート 写真は何を表現してきたか』

本書は日本の戦後の写真表現の歩みを概観しようとした本であり、太平洋戦争の終結から現代までを昭和20年代、30年代、40年代、50年代以降、そして1990年以降(岩波現代文庫収録にあたり増補された章)といういくつかの年代に区切って、そのときどきに活躍した写真家、起きたムーブメント、...