レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)『水底の女』

春樹マーロウもこれにて完結。奇しくもぼくが最初に読んだチャンドラー作品だ。あとがきで訳者曰く、基礎構造に無理のあるチャンドラーらしくない作品ということだが、ぼくは、プロットが発散しない分集中できで、この作品がすごく好きだということを再確認した。『ロング・グッドバイ』の次に好きかもしれない。 ...

プルースト(高遠弘美訳)『失われた時を求めて 第二篇 花咲く乙女たちのかげに』

第一編を読んでから3年の月日が流れ去ってしまった。記憶に関する物語なのに記憶の風化は甚だしく、覚えていることといえばマドレーヌくらいだった。ふつうの作品だったら大まかなストーリーさえ把握すれば大丈夫なのだけど、『失われた時を求めて』の場合シーンや登場人物が有機的に絡み合っていて、あの人物がこんなところに、というような驚きを感じながら読まないと読んだことにならない。 ...

唐木元『新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング』

一時期自分は文章を書けるのではないかと錯覚したこともあったのだが、間違いなくぼくは文章を書くのが苦手だ。 時間がかかるし、書いている間に意図がねじ曲がってしまう。ぼんやりとだが、文章の基礎を学び直す必要を感じていた。先日Twitterでこの本を知って、精神論じゃなくちゃんとメソッドが書かれていることを確認し、今読んでいる本を中断して読んでみることにした。とても読みやすく書かれていたので、買ったその日に読み終えた。 ...

チャールズ・ブコウスキー(青野聰訳)『ありきたりの狂気の物語』

34篇からなる掌編集。どの作品にも作者を思わせる人物が出てくる。ほとんど一人称だし、チャールズ・ブコウスキーと名乗る作品も多い(「ハンク」と呼ばれているのも彼の本名ヘンリー・チャールズ・ブコウスキーのヘンリーの愛称だ)。特に後半の作品にはエッセイといったほうがいいような作品もあって{冒頭の作品が一番虚構度が高くだんだん日常的になっていく感じ)大雑把に私小説集とくくってしまっても間違いではないだろう。まあ、それがどの程度現実のブコウスキーの人生を反映しているかはまた別の話だ。文中酒を飲みすぎでもうすぐくたばるというような表現が何度も出てくるが、彼は1920年生まれで1994年まで生きている。思ったより長生きしてる。 ...

フランソワ・ジュリアン(中島隆博、志野好伸訳)『道徳を基礎づける 孟子vs.カント、ルソー、ニーチェ』

「道徳」というと国家や共同体からおしつけられる硬直化した規範と思うのはぼくだけではないようで最近は「倫理」という言葉が好まれていてぼくもそっちをよく使う。でも、著者のジュリアンはその「倫理」という言葉を今流行のごまかし方といっている。翻るに、信号無視の常習犯のぼくではあるが、それでも道徳的でありたいとは思っている。個別の道徳の規範の内容ではなくこうした善くあろうとする人間の傾向を道徳の本体と暗黙的に位置づけつつ、その正当性を打ち立てるのが本書のテーマ。 ...

神原正明『『快楽の園』を読む ヒエロニムス・ボスの図像学』

9月に渋谷でベルギー奇想の系譜展という展覧会を見てきた。展示の中心の一つはヒエロニムス・ボスの作品で、もちろん今回来てなかったのだがプラド美術館にある大作『快楽の園』に対する興味をかきたてられたところにたまたま美術館の上の本屋で見かけたのが本書。 ...

海野十三『深夜の市長』

芦辺拓さんによると、戦前二大都市奇想小説は先日読んだ『魔都』とこの『深夜の市長』ということなので読んでみた。 長編というには短くて長めの中編といったところか。深夜の散歩を愛好する主人公は偶然殺人事件を目撃してしまう。危ういところを深夜の市長と呼ばれる謎の人物に助けられ、奇妙な事件の渦中へ巻き込まれてゆくというストーリー。 ...

ブルース・チャトウィン(芹沢真理子訳)『パタゴニア』

パタゴニアとは、日本からはちょうど地球の裏側、南米大陸の南端に位置する地域を指す。自然が過酷でとにかく風が強い。西の太平洋に面したチリ領は海岸近くまでアンデス山脈が迫り、フィヨルドが発達しところどころ氷河に覆われる気候で、大西洋に面したアルゼンチン領は空気が乾燥し、広大で不毛な平原や砂漠に覆われている。 ...

佐藤亜紀『スウィングしなけりゃ意味がない』

はじめての佐藤亜紀。旧作から読んだほうがいいかとちょっと迷ったが、結局最新作の本書から読むことにした。 舞台はドイツの港湾都市ハンブルク。1924年生まれの主人公の少年エディ(エドゥアルト・フォス)の十代後半(15歳から19歳まで)が描かれる。それは第二次世界大戦とちょうど重なり合う。彼は有力者の息子だったが、ナチを嫌い馬鹿にしている。彼が愛するのはご禁制のジャズ。それにあわせて各章のタイトルは(ワグナーのアリアをのぞいて)ジャズのスタンダードナンバーで歌詞が引用される。 ...

Robert A. Heinlein “The Door into Summer”

SFの古典的名作。もちろん再読だ。この間新訳が出たが次読むときは英語でと決めていた。SFでこみいった文学的表現がないから読みやすいかと思ったが俗語のオンパレード。かなり手こずらされた。 ...

グレッグ・イーガン(山岸真、中村融訳)『アロウズ・オブ・タイム』

直交三部作もいよいよ完結編。母星への帰還の時期が舞台かと思っていたが、そうではなく《孤絶》搭乗者の第6世代、Uターン前後の時期がメインだった。 ...

北杜夫『星のない街路』

北杜夫のSF作品の『不倫』が読みたくて(タイトルは失念していた)この前SF作品集『人口の星』を読んだのだが収録されてなくて、ほんとうはこっちを読むべきだった。表題作だった『人口の星』は本編にも収録されている。そのほかの作品も、北杜夫の短編集一冊選ぶとしたらこれという感じの、バラエティに富み、かつレベルの高いラインナップだった。 ...

久生十蘭『魔都』

久生十蘭の代表的な長編小説。舞台は1934年の大晦日の夜から1935年1月2日未明まで20数時間の東京。日本滞在中の安南国皇帝の愛人が自宅アパートから転落して殺され、当初犯人と目された皇帝が誘拐される。フランス大使が謁見にくる時間までに皇帝を発見しないと日本政府はのっぴきならない事態においこまれる。この間の関係者それぞれの動きを複数の人物の視点から描いている。 ...

レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)『プレイバック』

『みみずくは黄昏に飛びたつ』を読んで半年くらい前に発売されていたことに気がついた。 チャンドラーが完成させた最後のマーローものの長編小説。以前、清水俊二訳で読んだときはなんだかピンとこなかった。世評も概ねそんな感じで、巻末の訳者村上春樹による解説(これを読むのが本編を読むことにに匹敵する目的だったりする)によると「一級の作家の書いた二級の作品」といわれているそうだ。ただ日本では「タフでなければ生きていられない。優しくなければ生きている資格がない」という生島治郎訳の名台詞が一人歩きして有名になっている。海外ではそんなことはまったくないらしい。ただこの訳は原文の If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive,. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive. の細かいニュアンスを伝えきれてないようだ。村上春樹がどう訳したかは是非ページを開いてみてほしい。 ...

川上未映子×村上春樹『みみずくは黄昏に飛びたつ』

川上未映子による村上春樹へのロングインタビュー。2015年7月9日、2017年1月11日、2017年1月25日、2017年2月2日の計4回、それぞれ長時間にわたるインタビューの内容が収録されている、村上春樹はめったにインタビューを受けない人なので、これまでのインタビュー(主に海外のメディアによる)は本一冊に入ってしまう。今回はその分量を川上未映子さんという聞き手一人で越してしまったことになる。最新長編『騎士団長殺し』の刊行直後ということもあり、読後に残ったもやもやを晴らしてくれるのではないかと、期待を込めて手にとった。 ...

コニー・ウィリス(大森望訳)『航路』

臨死体験(NDE)をテーマにした小説。 睡眠を取るのも忘れて、何夜も朝方まで読みふけってしまった。電子書籍だったので本の厚さはわからないが、文庫だと上下巻あわせて1000ページ以上あるはずだ。 ...

東浩紀『ゲンロン0 観光客の哲学』

「観光客の哲学」といわれるとバブルの頃はやったような凡俗な消費社会肯定論の亜種を想像してしまいそうになる。しかし「観光客」とは「他者」のことだ。リベラリズムが常に訴え続けてきた「他者を大事にしろ」というポリシーが通用しなくなりつつあるなか、従来まじめな哲学考察の対象とされてこなかった観光客というあり方を通して他者論=リベラリズムの復活を試みた本だ。 ...

小栗虫太郎『黒死館殺人事件』

はるか昔、半月ばかり入院していたとき読書だけが楽しみで、本があれば何もいらないとまで思ったが、そのとき唯一読めなくて断念したのが本書だ。 気を引き締めて再挑戦してみたが、あれ読める。なんか肩すかしを喰らったような感じだ。その間にいろいろ読書遍歴を重ねたのでそれで読書力が向上したのか、または真剣に意味をとろうとしなくていい箇所を判断する能力が獲得できたせいかもしれない。ただ状況やトリックがあまりにもあっさりしていて読んでもよくわからないのは困った。 ...

北杜夫『人工の星』

そういえば北杜夫にSF的でなんともいえない味わいの作品あったよなと思ってつきあたったのがこの本。北杜夫の作品の中からSF的なものをかき集めたアンソロジーだ。読み終わってわかったのだが、ぼくが読みたかった作品は収録されてなかった。 ...

グレッグ・イーガン(山岸真、中村融訳)『エターナル・フレイム』

この世界とはちがう物理法則をもつ世界を舞台にした三部作の二作目。 母星の危機を救う方法を見つけるため、山をまるごと宇宙に吹き飛ばして何世代にもわたる旅に出た《孤絶》の一行。第一作では《孤絶》の出発と搭乗した最初の世代が直面する問題が描かれたが、本作ではそれから3世代あとの第四世代の人々にふりかかる二つの問題の解決が描かれる。 ...