アテンション・プリーズ。太平洋戦争敗北後、日本は長大な壁で東西に分断され、西は難波商人マインド全開の資本主義国家、東は一党独裁の共産主義国家になっていた。なぜか明示はされないけどたぶん1994年、昭和天皇の崩御に伴って、壁は音をたてるように崩れてゆく。その模様を伝えるために日本にやってきた、日本人より日本人らしいアフリカ系アメリカ人のCNNキャスター「わたし」がこのねじ曲げられひきのばされたもうひとつの昭和にまつわる陰謀に、ハードボイルドの探偵みたいに、まきこまれてゆく。 ...
この「思想誌」がどういう理念や文脈の元に創刊されたかということは、あちこちに書かれていると思うのであえてくりかえさない。その理念に共感し、文脈を理解しているということもあるが、今回本誌を買ったのは、ショッピングモール特集に惹かれたからだ。 ...
西洋芸術音楽の歴史のはじまりから終わりまでを明晰でめりはりのきいた表現で解説した本。 はじまりは中世のグレゴリオ聖歌から。単旋律で純宗教的な音楽が、徐々に複雑化、世俗化していき、ルネサンス時代の音楽になり、それがやがてバロック以降のいわゆる「クラシック音楽」につながってゆく。 ...
夢中になって、一気に読んでしまった。 東浩紀自身の分身のような哲学者・批評家・小説家葦船往人とその家族たちがパラレルワールド間を行き来し、時代を飛び越え、新たな家族の絆を模索する本格SF(Speculative Fantasy)。量子回路のネットワーク、人間の意識を媒介にしたパラレルワールドというSF(Science Fiction)的な道具立てもさることながら、描かれている並行や未来の世界のリアルさは東浩紀の面目躍如たるところ。そこまでは予想通りだったが、物語を語る力の強さに驚いた。東浩紀は、詩人ではなくストーリーテラーだった。 ...
同級生からひどいいじめをうけている中学生の少年のもとに「わたしたちは仲間です」というメッセージが届く。会いにいってみると、同じようにいじめられている同級生の少女だった。ぼくだったら、同病相憐れむという感じがして、かなりがっかりすると思うが、このコジマという少女は単なるいじめられっこではなく、自らの意志で自分にスティグマをつけ、いじめを試練であり意味があるものとして引き受けつつ、それを乗り換えることで、自分を強者だと思っているやつらに復讐しようとしているのだった。 ...
横光利一(1898-1947)の代表作のひとつである、『機械』という、三段組みで詰め込めば14ページにしかならない中編小説を、月1回の雑誌の連載の中で、11年間132回読み続けたエッセイをまとめた本。『機械』本編も収録されている(青空文庫でも読めるが)。 ...
13人の作家による15編の短編、エッセイを柴田元幸が編訳した作品集。アメリカ人5人、イギリス人4人、アイルランド人2人、オーストラリア人とブラジル人がそれぞれ1人ずつという構成だが、スチュアート・ダイベック(相変わらずいまひとつピンとこなかったが)以外は聞いたことのない名前ばかりだった。 ...
脱力系のユーモアと、底抜けにラディカルなシュールさが特長の劇団五反田団を主宰する前田司郎の処女小説が文庫されたというから読んでみた。 ...
永井均のニーチェに関する本を読むのは『これがニーチェだ』に続いて二冊目、内容的には目新しいところはそれほどなく、パフォーマティブな変奏曲集という感じだ。 何度目の当たりにしても、現在公認されている倫理や道徳というものが、ルサンチマン[現実の行為によって反撃することが不可能なとき、想像上の復讐によって埋め合わせをしようとする者が心に抱き続ける反復感情]による価値の転倒の結果生まれたもので、あたりまえになって目に見えなくなっているというニーチェの洞察はものすごいし、そのニーチェを誤解してかぶれる人やニーチェ自身のルサンチマンを指摘する永井均の洞察はさらにすごい。 ...
久しぶりに心がうちふるえる読書体験だった。 世界の終わりを描いた文学作品は数多くあれど、これはその中でも究極的に苛酷な状況。 おそらく核戦争で地球が焼き尽くされてから何年かが経過したあとの世界。核の冬により気温が急激に下がり、動植物はほぼ絶滅している。ごく少数の生き残った人間たちは、残り少ない食料をめぐって万人の万人に対する闘争状態におちいり、食べるために人を襲う人食い集団が跋扈する。そんな中を、父と少年の二人は少しでも暖かい土地を求めて南へ徒歩で旅する、「火を運び」ながら。 ...
<img src=“http://i1.wp.com/ecx.images-amazon.com/images/I/515NsVTrPQL._SL160_.jpg?w=660" alt=“クワイン―ホーリズムの哲学 (平凡社ライブラリー)” class=“alignleft” style=“float: left; margin: 0 20px 20px 0;”” data-recalc-dims=“1” /> 日本では、アクロバティックな言葉のパフォーマンスをくりひろげる、フランスを中心とした大陸系の現代哲学ばかりが紹介されてきたけど、それとは別に、英米ではもっと地道に、言語や論理についての研究が進められてきた。分析哲学あるいは言語哲学と呼ばれる分野だ。 ...
従来、『アメリカ』という名前で知られていて、ぼくもそのタイトルで読んだことあるのだが、この間ナイロン100℃の『世田谷カフカ』という舞台でこの作品のストーリーがなぞられているのをみて、そのあまりのめくるめく不条理感覚と、それを自分がほとんど忘れていること両方に驚いた。 ...
長引く不況からなかなか回復できず、さまざまな問題が山積する現代日本社会。そうなった経緯や背景が共有されないまま、ぞれぞれの立場に応じた被害者意識ばかりが増長し、一部には何の根拠もない陰謀論や妄想がまかり通っている。本書は、ここ数十年の歴史を振り返ることで、そんな現状を理解するための展望を与えてくれる本だ。 ...
村上春樹の創作の秘密を知りたいのなら、彼が翻訳した小説を読めばいいのかもしれない。人物描写とか会話、比喩などそこかしこに村上春樹らしさの断片がちりばめられていて、翻訳でなく村上春樹の作品を読んでいると錯覚する瞬間が何度かある。 ...
日本語圏ではあまりそういうのはないけど、英語圏には読んでいて当然とされている本がいくつかあって、聖書を筆頭に、ギリシア・ローマ神話、シェークスピア……そしてこの『白鯨」もそのひとつだ。冒頭の「わたしを「イシュメール」と呼んでもらおう」という言葉は有名すぎるほど有名でさまざまな文学作品でオマージュ的に使われたりテレビドラマのセリフとして出てきたりもしている。またコーヒーチェーンのスターバックスの名前は本書の登場人物のひとりスターバック[本書の舞台となる捕鯨船ピークオッド号の一等航海士]にちなんだものだ。 ...
長年ひとつの屋敷に勤め上げ老境にさしかかった執事ミスター・スティーブンスが、イングランド西部地方を自動車で一人旅する。彼の目に映るのは現在(1956年が舞台)の風景より、過去の思い出だ。最初、自らの高い職業意識と、かつての主人ダーリントン卿に対する尊敬の念が語られて、失われゆく時代、文化に対するノスタルジーがテーマのちょっとアナクロな作品なのかと思わせるが、だんだんこのスティーブンスがミステリーなどでいうところの「信頼できない語り手」であることが明らかになってきて、これがまぎれもない現代の小説であることがわかる。 ...
『美しき町・西班牙犬のいる家』を読んだ直後くらいに読もうと思っていたのだが、なかなか置いている本屋がなくて一年近くたってしまった。 作者の佐藤春夫自身とおぼしき神経衰弱気味の男が癒しをもとめて、東京近郊の農村に妻と犬猫ともども移り住むが、かえって状態が悪化して、妙な幻聴が聞こえたり、幻覚がみえたりするようになってしまうという、いってみれば身も蓋もない話。 ...
人類が今突然あとかたもなく消え失せたら、地球はどう変化するのだろう?都市は速やかに崩壊し、地表はほとんど森に覆われる絶滅寸前の動植物も息をふきかえす。本書の冒頭で予言されるそんな情景を思い浮かべると、感傷と安堵がいりまじったような複雑な気分になってくる。 ...
佐々木敦さんのことを知ったのは、TBSラジオで毎月一回深夜に放送されている文化系トークラジオ Lifeという番組がきっかけだった。サブパーソナリティーとして番組に出演していて、ラジカルで鋭い話しぶりにすごい人だと思っていたが、たまたまこれまで著書を読む機会がなかった。基本的に音楽、文学、映画等のカルチャーに関する批評をしている人だが、本書のテーマはタイトルからわかる通り、「思想」。どんな切口で料理するのか気になって。発売された直後に書店にかけこんで購入したのだった。 ...
<img src=“http://i1.wp.com/ecx.images-amazon.com/images/I/4166-xYEQqL._SL160_.jpg?w=660" alt=“社会学入門―“多元化する時代"をどう捉えるか (NHKブックス)” class=“alignleft” style=“float: left; margin: 0 20px 20px 0;” data-recalc-dims=“1”/> ...