分厚い。並の文庫本の優に3冊分はある。 火星調査団の一行が全滅して火星に取り残された乳児が火星人に育てられる。25年後、成長したその乳児ヴァレンタイン・マイケル・スミスは地球に帰還する。彼は沢山の遺産を相続していたが、地球の重力と習慣に馴染めず一見して精神的、身体的退行の状態にあった。しかし実は彼は火星で超人的な能力を身につけていたのだった。自由に人や物を消せる。自己治癒。テレパシー。いわゆる超能力のオンパレードだが、火星人にとっては当たり前の能力なのだ。成長した火星人は肉体が死を迎えても(分裂と呼ばれる)、長老という霊的な存在ではあるが普通に目に見え、生き続ける。その時の肉体は仲間に食べてもらうのが喜びとされている。マイケルもその考え方を全面的に受け入れている。 ...
この劇の元ネタということで、ひさしぶりに再読。劇は小説から弟が兄の妻と同じ室に一泊するというシチュエーションを借りているだけで全く別物のつもりで見ていたが、あらためて小説を読むとセリフや人物設定など思ったより引用されているのだった。 この時代の小説を読むといつも意外に感じるのが生活水準の高さだ。食後のプリン(プジング)なんかがふつうに出てくる。休みなども今より断然多くて、平気で数週間の旅行に行ったりできるし、文化的活動に多くの時間を費やしている。もちろん、それは登場人物の階層が高いからそうなのであって、一般庶民の生活はこうはいかないだろう。でも新聞小説として連載されたものなので、新聞購読者の平均からそうは隔たってないはずだ。それから数十年後にあの愚かな戦争に一丸となって突入したことが信じられない。 ...
架空のマコンドという村を開拓したブエンディア一族が村ごと滅亡してしまうまでの百年間を描いた、七世代にわたる盛衰記、という要約はそれほど重要でもなくて、現実にはありえない突飛なエピソードが驚くべき迫真性で語られるその語り口が素晴らしい。 ...
タイトルを直訳すると「アメリカに対する陰謀」。1940年のアメリカ大統領選で例外的な三選を目指していたローズベルトではなく、共和党から立候補したリンドバーグが勝利するというもの。今では大西洋無着陸飛行の英雄としての側面しか伝えられていないけど、実際、彼は反ユダヤ、白人優位主義者でナチシンパだったのだ。その架空の歴史の流れの中で、ユダヤ人である作者自身(物語の中では6〜9歳)とその家族にじわじわ忍び寄ってくる恐怖がクロニクル形式で綴られてゆく。 ...
第2次大戦で日本、ドイツなどの枢軸国側が勝利した世界を舞台にした歴史改変もの。戦争終結が1947年で、この小説の中ではそれから15年後の1962年のアメリカだ。アメリカは3分割され、東部はドイツの傀儡国家で、西海岸は日本の傀儡、中西部は緩衝地帯になっている。ドイツは戦争に勝利してからもジェノサイドの手をゆるめず、世界各地でユダヤ人以外にもおぞましい虐殺をおこなっていた。対照的に日本はそれなりに人道的に統治を行っており、登場する日本人も高潔で穏健な人ばかりだ。1962年の時点で世界は概ね平和だが、次なる波乱の兆候はすでにその姿をあらわしはじめていた。 ...
「あれは最良の時代であり、最悪の時代だった。叡智の時代にして、大愚の時代だった。新たな信頼の時代であり、不信の時代でもあった。光の季節であり、闇の季節だった。希望の春であり、絶望の冬だった。」という有名な一節で幕をあける物語。舞台はフランス革命の時代の二つの都市ロンドンとパリだ。 ...
読み始めて全然SFじゃないのであれっと思う。第1部はほぼ現代といっていいような数年先の(といっても設定は2012年なのでもう過ぎてしまったが)のイラン市民革命を舞台に、現地で取材するオーストラリア人マーティンと、アメリカに亡命して遠くからそれを見守る若いイラン人女性研究者ナシムが交互に描かれる。ナシムの研究の最終目標は脳の機能をソフトウェアで再現することで、それが第2部で重要な役割を果たす。 ...
数えてないけど300編前後の「断片」から構成された本。それぞれの断片は数行から長くても数ページ、内容は、夢、過去の記憶、思いつき、幻想小説の一部、パロディ、引用など多岐にわたり、一見ランダムに配置されている。あとがきによると、カフカがノートに書き遺した断片がおもしろくて、自分もそういうことをしたくなったそうだ。タイトルもそこからきている。 ...
数十年単位の地層の中から発掘した。今は文庫版は絶版で村上春樹翻訳ライブラリーの中の一冊になっている。 フィッツジェラルドの短編五編と村上春樹によるフィッツジェラルドをめぐるエッセイが収録されている。短編は以下の通り(数字は発表年度)。 ...
借り物。著者は複雑系の研究者だ。読み始める前は、カオス理論や複雑系の一般向けの啓蒙書だと思い込んでいて、貸してくれた人の意図もわからず、長らく放置状態になっていた。読むにしろ読まないにしろ返せる機会にいったん返しておいた方がいいんじゃないかと思いたち、それなら読んだ方がいいだろうという消極的な動機で読み始めたのだった。 ...
英語圏のまったく無名の作家からノーベル賞作家まで幅広く、いわゆる「奇妙な味」の作品ばかり18編を集めたアンソロジー。「奇妙な味」と自称する本は数多く出されてきたが、本書の味付けは格別だ。 ...
モラヴィアというとチェコの地方の名前なので東欧の作家かと思ったがイタリアの作家だった。 ...
ジャンルの垣根を飛び越えた多様な作品を発表し続けるカズオ・イシグロ。今回の作品はトールキンばりのファンタジーだった。騎士や龍、鬼、妖精なんかが出てくる。舞台は中世のイギリスだ。伝説の王アーサー王が亡くなった直後の時代。その頃のイギリスはケルト系のブリトン人とゲルマン系のサクソン人が共存し、貧しいながらも平和な生活を送っていた。だが濃い霧がたれ込めて人々は昔の記憶をなくしている。 ...
従来の訳はソ連時代のロシア語訳からの重訳だったので、検閲や自粛により省略された箇所が多々あったようだが、こちらはオリジナルのポーランド語版からの翻訳で完全版だ。 ...
ソールスターは現代ノルウェイの作家。本邦初訳だ。タイトルは著者の11番目の長編小説にして18番目の本というそのままの意味。 ...
はるか昔ぼくが少年だった時分に読んでいるから再読なのだが、覚えていることといったらある貧しい少年がひょんなことから莫大な遺産の相続人に指名されるんだけど、結局おじゃんになってしまう、という骨格とすらいえないシュールなトレイラー映像の如きものだ。さすがにこれで「読んだ」扱いするのはおこがましすぎるので、再読することにした。最初戯れに英語で読み始めたが、時間がビクトリア朝英語のヴォキャブラリーを増やしても仕方ないので、邦訳に切り替える。せっかくなので、以前読んだ新潮文庫版ではなく岩波から出た新訳で読むことにした。使っている言い回しが時代がかっていて復刻じゃないかと思ったが、確認したら確かに新訳だった。 ...
急激な氷河期の到来で人類をはじめとする生命が滅亡に瀕するというまさにSF的なシチュエーション。とある国の諜報活動に携わっている男が語り手。彼はアルビノで銀色の髪の少女(といっても20歳過ぎで人妻だが)を偏愛している。ひとり旅だった少女を男は追いかけて小さな国にたどり着く。その国は長官という鋭敏で屈強な男によって支配されていた(熊を素手で倒したというエピソードからプーチンを想像する)。どうやら少女は長官によって保護されているらしい。男は少女に会おうとするがなかなか果たせない。やがて他国の侵攻をいち早く察知した長官は少女を連れて逃げ出してしまう。男は長い時間と労苦のはてに彼らの居場所をたずねる。主人公は少女と再会を果たすが、彼女は彼を拒絶し行方をくらましてしまう。そしてさらに追跡は続く……。 ...
古典らしくない古典だった。なんというかふつう古典には普遍的で背筋に響く力強さがあるのだが、この作品はとらえどころがなくて単純な理解をすりぬけてしまうのだ。ストーリーにも描写にも難解なところはどこもない。 ...
芥川賞受賞の表題作と『松の枝の記』の2編が収録されている。 『道化師の蝶』は、奇妙な文様の蝶、それをとらえるための特殊な網、ほとんどの時間を飛行機の中で過ごし乗客の着想をとらえてビジネスの種にしている実業家、友幸友幸という数十もの多言語で作品を書き続ける正体不明の小説家、友幸友幸を追い求めて調査することで稼ぎを得ている男などから編み上げた緻密なタペストリーのような作品。同じシーンが変奏のように微妙に姿を変えて登場し、因果と時間は循環する。 ...
ジャケ買いならぬタイトル買い。「ぼくらは都市を愛していた」と言われれば me too と返すしかない。 2つの世界の2人の人物の視点が交互に語られる。 ...