ポール・オースター(柴田元幸訳)『4 3 2 1』

2024年4月に亡くなったオースターが2017年に完成させた最後から2つ目の長編小説。800ページ弱、厚さ4.5cm、重さ1キロある大著。持ち運ぶだけで一苦労だった。読後感には重さからの解放感が含まれてしまう。 ...

ダロン・アセモグル、ジェイムズ・A・ロビンソン(鬼澤忍訳)『国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源』

訳書は上下巻に分冊された大部だが、伝えている主張はこの上なくシンプルだ。ほとんどの紙幅は実例を挙げての検証に費やされている。その主張は、繁栄する国家と衰退する国家を分けるのは、地理的要因でも文化でも、知識の有無でもなく、制度である、と一文で表現できてしまう。 ...

『(霊媒の話)題未定—安部公房初期短編集—』

安部公房の作家デビュー前後に書かれた、生前未発表の作品を集めた作品集。けっこう後の作品とは毛色が違う。安部公房らしいクールで簡潔な文体とシュールな物語展開はどこにも見当たらなくて、文体は修飾が多くて晦渋でストーリーは観念的なのだった。なかなか身が入らなくて読むのに時間がかかってしまった。 ...

川端裕人『ドードーをめぐる堂々めぐり - 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』

ドードーといえば絶滅した鳥の代表格で、『不思議の国のアリス』などさまざまなフィクションのなかに登場する飛べない鳥だ。インド洋の無人の孤島モーリシャス島に生息していて1598年にオランダの探検隊に発見され、1662年には絶滅したとされている。人間の直接的な捕獲より島に移入された猿やネズミなどによる個体や卵の捕食による影響が大きかったようだ。 ...

町田康『宇治拾遺物語』

現代語訳というよりかは音楽でいうところのカバーというのが近そうだ。 古典の説話集『宇治拾遺物語』のなかから33編選んで、ストーリーは細部を含めて同一のまま語り口をカタカナ言葉や関西弁が入り混じる、いかにも町田康調のはっちゃけた感じに置き換えている。たとえば『奇怪な鬼に瘤を除去される』というこぶとり爺さんの物語では以下のような感じだ。 ...

柞刈湯葉『未来職安』

近未来の日本。仕事はほぼロボットとAIによって代替され、人々にはいわゆるベーシックインカムであるところの「生活基本金」が全市民に支給され、人口の99%にあたる「消費者」と呼ばれる人々は労働をせずに暮らしている。残りの1%が「生産者」と呼ばれ、労働に携わっているが、必ずしも特別な能力があるとかエッセンシャルワーカーであるということでもなくさまざまなケースがある。 ...

高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所編『宇宙と物質の起源 「見えない世界」を理解する』

あちこちで聞きかじったあやふやな知識を整理しておこうと読み始めた。 量子場というのは計算の便宜を図るものくらいに考えていたら実は本質的なもので、今まで粒子だいや波だと言っていた素粒子の実体はこの量子場の励起状態と考えたほうがいいらしい。素粒子の種類ごとにこの場が宇宙全体に広がっていてそこにエネルギーが与えられて励起するとそれが粒子や波として観測されるというのだ。その中でもヒッグス場というのは重要な役割を担っていて、本来が質量がない他の素粒子の場と相互作用して運動を妨げ質量を生み出しているのだという。 ...

塚越健司編『私のLife vol.1』

初回からずっときいてるTBSラジオの文化系トークラジオLifeのZINE。2023年11月の文学フリマ東京37に向けたもので、ずっとほしかったのだが、ようやく入手できたのだ。稿者は番組出演者総勢20名。冒頭の長谷川PによるこのZINE発行の経緯を綴ったエッセイからはじまり、ちゃんとお題に沿って自分と番組との関わりを書いてる人も数にいるにはいるが残りの人は「LIFE」を固有名詞ではなく普通名詞と解釈してるのか、自由気ままに書いている。日記、ゲーム評論、小説、現代詩、ディスクガイド、近刊の自著の紹介、おすすめのポッドキャスト番組のガイドと、なんでもありだ。 ...

エルヴェ・ル・テリエ(加藤かおり訳)『異常【アノマリー】』

リアル書店で赤っぽい表紙で漢字二文字のシンプルなタイトルということで記憶したのだけど、書名を確認するには再度同じ書店に行く必要があった。 最初に見かけたときに帯の言葉を誤読して特殊設定ミステリーだと思い込んでいた。冒頭も殺し屋が登場してその誤解に拍車がかかる。実は、古今からの文学的題材とされてきたドッペルゲンガーがテーマ。ただし、特異な怪異現象としてではなく、現実問題として数百人単位で同時に分身があらわれる状況を一種の思考実験みたいに描き出している。 ...

安部公房『カンガルー・ノート』

安部公房が生前完成させた最後の長編小説。 脛にカイワレ大根が生える奇病にかかった男が自走式のベッドと共に病院を追い出され奇妙な冒険を繰り広げる。病院のシーンが多いし、地下の坑道、三途の川など死を想起させる要素はメタファーではなくあからさまに散りばめられている。一貫した物語というより、現実感を欠いていて、切れ切れの夢を繋ぎ合わせたようなみたいだ。実際作者が病床でみた夢がベースになっているのかもしれない。 ...

安部公房『飛ぶ男』

安部公房の死後フロッピー・ディスクから発見された未完の作品。当初公開されたのは夫人による編集が入った版立ったが、今回はオリジナルの版が収録されている。そのオリジナルさは徹底していて、末尾は文章として成立してない断片や走り書きもそのまま収録されている。 ...

絲山秋子『神と黒蟹県』

黒蟹県という架空の県を舞台にした連作短編。架空地誌には目がないので読むことにした。 黒蟹県は南に海が面しており、それ以外は概ね山間部をはさんで他県に囲まれている。こぢんまりしたかまぼこ形の形だ。作品中元久はないのだが、その立地や雪の描写がなく温暖な気候であることから、山陽地方の可能性が高そうだ。 ...

ウィリアム・フォークナー(加島祥造訳)『野生の棕櫚』

読もうとしたきっかけは1月にみた映画《Perfect Days》で主人公平山が読んでいたからだが、廃刊になっていた本書が再版されたのも映画きっかけだったようだ。訳が生硬くて古いのが難点だが現在気軽に入手できる飜訳はほかになさそうだ。 ...

小川哲『君のクイズ』

賞金1000万円をかけたクイズ番組の一対一の決勝戦。まだ問題が一言も読まれないうちに対戦相手本庄がホタンを押し、正解してしまう。しかも回答は「ママ、クリーニング小野寺よ」というものだった。敗れた三島は納得できず、なぜ本庄が正解できたのか、その理由を探っていく。 ...

酉島伝法『るん(笑)』

タイトルからちょっとふざけた作品を想像していたが、かなりシリアスなディストピアものだった。 世界観と登場人物が共通する、中編といっていいくらいの長さの作品が3篇収録されている。舞台はおそらく未来の日本。そこでは合理的な思考や科学知識が蔑まれスピリチュアルなものが生きる上での共通の基盤になっている。それは衆愚化といえるものではなく実際にスピルチュアルなものが効果をもつ世界になっているようなのだ。言霊がリアルな力をもち、龍が実際に生きて動いていたり、肉体が滅びても魂だけ「触れ合いの街」という別の街に旅立つことになっている。 ...

京極夏彦『鵼の碑』

前作『邪魅の雫』以来なんと17年ぶりの百鬼夜行シリーズ。前作はほぼ完全に忘れ去っていて、シリーズ共通のキャラクターもあやふやになっていた。もちろん、独立した作品なのでそれでも全然大丈夫だ。 ...

市川沙央『ハンチバック』

2023年上半期芥川賞受賞作。単独で販売されてるが、ほぼ短編といっていい長さだ。 いきなりハプニングバーの潜入レポから始まって驚くが、それは釈華というほぼ寝たきりの障害者女性が気晴らしに投稿したフィクションなのだった。彼女は身体的には弱者だが経済的には強者で、親が遺したグループホームのオーナーとして一生の間に使いきれない資産を持っている。記事の投稿やエロ小説の印税で得た報酬も全額寄付しているのだった。 ...

北杜夫『楡家の人びと』

数十年を経ての再読。最初に読んだときは子どもの本から大人の本への移行期だったので、適切な感想をもてなかった気がする。そのときはぼんやりと悲劇と思ったが、今回読んでみて、少なくとも第一部と第二部はむしろ喜劇だった。 ...

古谷田奈月『フィールダー』

TBSラジオの文化系トークラジオLIFEで紹介されていたので読んでみることにした。スマフォゲームが重要なキーとして登場することからエンタメ系だと思っていたが、がっつり人間の実存と社会問題に向き合った作品だった。 ...

カレル・チャペック(栗栖茜訳)『サンショウウオ戦争』

閉館10分前の図書館で作者と書名に見覚えがあるという理由で借りたのだが、仰天のおもしろさと読みやすさで、一気に読んでしまった。 スマトラ沖の島で貿易船の船長ヴァン・トフが知性をもつサンショウウオたちと出会う。船長は彼らに天敵のサメをk撃退するための武器と食糧を与え代わりに真珠を採取してもらう。これを端緒に、サンショウウオと人間はかかわりを深めていく。三部構成で、第一部では人間がサンショウウオを受け入れる過程での軋轢をコミカルなスケッチ風に描いていき、第二部、第三部は、(年代はまったく明示されないが)年代記的に、最初搾取の対象で差別・迫害していたサンショウウオに、人間が依存し、遂には世界の覇権や土地をサンショウウオに奪われていく過程が描かれている。『戦争』と銘打たれているが、戦闘シーンはほぼない。 ...