『作者を探す六人の登場人物』

1921年に書かれた古典。だがまったく内容を知らず、タイトル通り六人の登場人物が自分たちを創造した作者を探す話だと思っていた。実際はかなり違っていて、ピアンデルロの既成の戯曲の稽古をしている劇団のもとに彼らがやってくる。彼らというのはとある劇作家が執筆中に放棄した作品の登場人物たちだ。父、母と4人の息子と娘。彼らは家族だが複雑な事情を抱えている。彼らは劇団の座長に誰か作品を完成してくれる作家を紹介してくれるかあるいはあなたたちで完成してほしいと懇願する……。 ...

イキウメ『散歩する侵略者』

イキウメの代表作といわれていてこれが4回目くらいの上演らしいのだがぼくは未見。だから黒沢清監督による映画も公開されているがまずは芝居をみたかった(今日見にきていた人の会話によると、映画と全然違うということだったが)。 ...

『わたしが悲しくないのはあなたが遠いから』

隣接するイースト、ウエストという二つの劇場で同じキャストがいったりきたりしながら別々の公演を上演するという果敢なスタイル。ぼくはそのうちイーストだけみたので確かなことはいえないが、おそらく演じている役の割り当てと細部の違いはあっても基本どちらも同じ物語が上演されているのではなかろうか。 ...

シス・カンパニー『ワーニャ伯父さん』

チェーホフの四大戯曲のうちの三番目。テレビで舞台映像をみたり、戯曲を読んではいたが、直接舞台をみるのは初めてだ。 悲劇ではなくむしろ喜劇なんだけど、主要な登場人物はほぼ例外なく絶望する。これほど絶望濃度が高い芝居もめずらしいのではないか。特にワーニャは、自分を含めて家族全員で献身してきた教授(ワーニャの亡き妹の夫にあたる)が退職とともに実は何の価値もなかったということに気がついてしまい、それによって自分の若い日の可能性が費やされてしまったことを深く嘆いていて、それは教授への怒りという形をとっている。この状況に煽りをかけているのが教授の若い後妻エレーナの存在だ。彼女の美貌にひきつけられて周囲の人間は働く意欲をなくし、希望と絶望がかき混ぜられる。今回みてわかったがエレーナ(宮沢りえが演じている)はけっこう内面をもった人間として描かれている。彼女もまた絶望に苛まれているのだ。 ...

青年団リンクホエイ『小竹物語』

夏らしく怪談がテーマ。怪談の語り手のたまごたちがネット中継を試みるという設定(怪談部分は実際にライブ中継されている)。 怪談は内容(半分以上著作権者の許可を受けての怪談本からの借用とのこと)も、各演者のキャラづけと語り口もほんとうにおもしろかった。それに比べると外側の、演者間の人間関係を描いた部分は若干薄くて強度が足りなかったかなというのが素直な感想。 ...

『プレイヤー』

新設されたばかりの地方の公共劇場。そこで上演される新作の稽古場が舞台。若い女性が失踪しやがて人里離れた山小屋で死体が発見される。それとともに彼女が生前親しかった人々に奇妙なことが起きる。時折彼女としか思えない口調で話し始め、当人はそのことを覚えていないのだ。 ...

ハイバイ『ハイバイ、もよおす』

RPG的演劇のパロディ、大衆演劇のパロディ、そして異形の幼い少女のいたいけな心を描いた?『ゴッチン娘』という3つの中編からなるオムニバス。 ...

土田英生セレクション『きゅうりの花』

ぼくが今までみてきた芝居ととても近いところにいたのになぜか観る機会がなかったMONOだが、代表作が再演されるときいて遅まきながら観にいくことにした(ただし今回の公演はMONO名義ではなく客演主体だ) ...

チェルフィッチュ『部屋に流れる時間の旅』

冒頭目をあけてくださいというまで目を閉じてくださいと言われる。それでゆっくりと流れるアンビエントな時間に身を委ね、細かな音に耳を澄ます準備ができた。 ...

サンプル『ブリッジ』

1月にやっていたワークインプログレスの本公演。続編かと思ったが、登場人物や設定はほぼ共通しているものの、前作で古屋隆太が演じ最後に死を遂げるドクターという教祖的なキャラクターの存在がなかったことにされ、そのかわりに古舘寛治が演じるジョージというまったく別のキャラクターが教祖になっている(古舘さんはすっかりテレビで活躍する名バイプレーヤーになってしまい、サンプルへの出演はほんとうに久しぶりだ)。よく似た別の平行世界の物語という感じだ。 コスモオルガン協会というカルト団体主宰のイベント会場が舞台で観客はその参加者という体なのは共通している。だが、前作はイベントであるということを貫徹して、自分がほんとうにイベント参加者のような気がしていたたまれなくなってしまい、自分が演劇をみてきているということを思い出す必要があったが、今回は最初イベントからはじまるが、過去の身の上話や未来の神話的な物語になって、あれっと疑問に思うが、実はそれもイベントの一部という設定なのだ。つねにイベントだということを思い出す必要があるのが対照的でおもしろい。両方みた人にだけわかることだが。 ...

シティボーイズ『仕事の前にシンナーを吸うな、』

去年やらなかったし今年もまったく音沙汰ないし、ひょっとしてもうやらないのかなと思っているところへ、突然の公演の情報。しかもかつてかつて数々の名コントを作りあげた三木聡が17年ぶりに返り咲く。これは万難を排していかなくていかない。 ...

M&Oplaysプロデュース『少女ミウ』

小劇場の岩松了はシアターコクーンなど中劇場の商業的な舞台の時とは別物だ。いや、不可解さというのは共通している。ただし、中劇場では登場人物の内面にとどまっている不可解さが小劇場では物語の前面にしみだしてくる。 ...

イキウメ『天の敵』

前回みた『太陽』も不老不死がテーマで、今回もそう。前川知大さんは不老不死のオブセッションにとりつかれているのかと思いそうになるが、前回は過去作品の再演だったので、たまたまかもしれない。それに前作が種族的な不老不死だったのに対し今回は個人的な不老不死だ。 ...

青年団リンク キュイ『TTTTT』

綾門優季の3つの短編戯曲を23人の演出家が演出するというオムニバス企画。近未来の東京という都市をテーマにした話という共通点がある。 『人柱が炎上』は国会周辺のデモの最中起きたテロ事件を周辺の複数の視点から描いたひとり芝居。一般のデモ参加者、警官、野次馬、被害者の元同級生など男女問わないキャラを演じ分けた鶴田理紗さんのがんばりが感じられた。 ...

KAAT×地点『忘れる日本人』

これまで見た地点はほぼ海外戯曲か海外小説をベースにした作品だったが、今回は日本の新進作家の新作の上演だ。地点にかかるとなんでも切り刻んでミンチにされて元の作品の形はかなりとらえにくくなるものなので、ひょっとして戯曲ではストレートな会話劇だったりするのかと思ったが、どうやら舞台でみた以上に長大でとらえどころがなく観念的な台詞が飛び交う作品のようだ。頭の中を整理するため、戯曲が売っているなら買って帰ろうと思っていたが、地点が発行している雑誌に現在連載中で次の号で完結するとの由。舞台化したのはその抜粋らしい。 ...

鳥公園『ヨブ呼んでるよ』

冒頭、主人公のみる夢の中から(インターバルを経て)別の人の夢(それが夢であることはあとからわかるのだが)に移る描写がとてもよかった。夢の中のおじさん、たかおちゃんのキャラクターがいい。 ...

オフィスコットーネプロデュース『ザ・ダーク』

ホラーっぽいタイトルだがさにあらず。現代の家族劇。2004年にロンドンで初演されている。 とあるストリートに隣り合って住む、倦怠期の中年夫婦と引きこもりの息子、赤ん坊が生まれたばかりの若夫婦、そして幼児性愛の濡れ衣を着せられた男とその置いた母親。ふだんあいさつもかわさないこの3組の家族が停電の夜繰り広げるつかの間のふれあいを描く。 ...

無隣館若手自主企画/松村企画『こしらえる』

冒頭は山縣太一による振り付きの現代詩の朗読のようなシーンからはじまり、暗転の後いきなりフレンチレストランを舞台としたべたな物語に切り替わる。行方不明のパティシエとスタッフ同士の不倫。台詞もクリシェの応酬で居心地の悪さを感じつつもこのベタさが癖になりそうになってきたところで驚きの展開。そして最後のどんでん返しへとつながってゆく。 ...

庭劇団ペニノ『ダークマスター』

アゴラの空間に年季の入った洋食屋のセットが出現していた。客席にはひとりひとりにイヤフォンが用意されている。 大阪のはずれのとある洋食屋。早めに閉店してマスターがひとりで酒を飲んでいるところに旅行者の青年が入ってくる。最初追い返そうとするが結局オムライスまでふるまう。そして唐突に自分が遠隔で教えるからこの店のマスターをやらないかと誘って超小型のイヤフォンを見せる……。 ...

野田地図『足跡姫 時代錯誤冬幽霊』

亡き中村勘三郎へのオマージュと謳った作品。そのオマージュは本人に直接ではなく主に歌舞伎を介して捧げられている。 今の歌舞伎の源流を形作った出雲阿国と猿若勘三郎(初代中村勘三郎)を彷彿とさせる三、四代目出雲阿国と淋しがり屋サルワカの二人が安寿と厨子王的な姉弟の設定で旅芸人の一座に加わり各地を放浪している。姉の夢はお城の将軍の前で踊りを披露することだ。弟は穴をほるのが趣味だが、姉のために台本を書き上げようとしている。 ...