鬼海彰夫『ウィトゲンシュタインはこう考えた』

ウィトゲンシュタインはこう考えた―哲学的思考の全軌跡1912‐1951

哲学することと哲学の研究をすることは方法論としてかなりちがうことで、後者には文献学のこつこつとした実証的な作業が必要なのだと思う。本書は、難解で警句のような短い文体で知られるウィトゲンシュタインについて、その遺稿すべてを書かれた時期ごとに分析することにより、彼がいわんとしたことを解き明かしている。

ウィトゲンシュタインは神秘主義的傾向の強い人だったようで、特に「世界は私の世界である」という独我論に終生ひかれ続けたし、唯一公刊された『論理哲学論考』では論理そのものは実際は語りうるのに、語り得ないと片づけてしまい、安易な神秘主義に陥ったと本書の中で非難されている。そういうことから彼のテキストは神秘主義的に読まれることが多いが、彼自身は神秘主義から逃れようと懸命に思考を重ねていたことがわかる。その探求の末にたどりついたのは「言語ゲーム」、「制度」などとても明晰な概念だった。

「世界の限界は論理の限界でもある」からはじまり一貫して論理について考え続けたウィトゲンシュタインは、のちに論理がアプリオリなものではなく多くの例を通じてアポステリオリに学習してゆくものだという結論に達している。でも、それは論理が相対的な正しさしか持たないことを意味しているのではなく、論理は人間であることの条件なのだという。確かにその通りだが、個人的には、論理を学び取ってゆく過程で、人間は不可避的に認知のゆがみも学び取ってしまうような気がしている。

ウィトゲンシュタインは、癌による死の三日前まで思索を行ったそうだ。彼にとっては生きること=考えることだったのだ。最期の言葉は「彼らに私の人生はすばらしかったと伝えてください」だった。

★★★