劇団、本谷有希子『甘え』

劇団、本谷有希子『甘え』

作・演出:本谷有希子/青山円形劇場/指定席6000円/2010-05-15 19:00/★★★

出演:小池栄子、水橋研二、安藤玉恵、広岡由里子、大河内浩

幼い頃に母親が家を出てしまい父親と二人で暮らす女性ジュン。粗暴な父親の抑圧に耐えながら、ジュンは本を読んで成長する。この父親というのは自分の弱さを武器にするタイプ。母親が出ていったのはジュンがうまれたせいだと責めながらも、おまえまで俺を見捨てたら自殺すると脅す。なかでも一番耐えられないことは、夜中に眠りながらめそめそ泣いていることだ。しかも起きると全然覚えていない。

父親に再婚話が持ち上がり、ジュンは相手の女性の強烈なパーソナリティーにたじろぎながらも(広岡由里子がすごい)やっと解放されると喜ぶが、その女性からやっぱり結婚はやめたと告げられたその夜、衝動的に父親を殺そうとしてしまう。それは結局未遂に終わり、酔っていた父親は全然覚えていない様子だったが、その出来事はジュンの心に大きな罪悪感として残った……。

水橋研二演じる、途中から登場する「先輩」というキャラクターが、今までの本谷ワールドにない感じで、奇妙な存在感を醸し出していた。物腰は丁寧なんだけど、人間の汚い部分をみたいといい、時として鬼畜な言動や行為をいとわない。つまり、彼は自分の衝動のままに生きる動物だったのだ。彼は最終的にジュンに求められる形でセックスをし、その結果大きな影響を受けてしまう。たいてい、こういうとき女性の側が変化して男性は平然としているように描かれることが多いが、逆なのがおもしろい。「先輩」はジュンと結ばれたのではなく、いわばジュンの本と結ばれたのだ。今まで、本を読まず幸福な動物の世界に暮らしていた彼は、ジュンの本により人間となることを強いられてしまう……。

父親殺しにまつわる、ほとんど原罪といってもいいような、その父親が殺されても仕方がない人間であればあるほど大きくなる罪悪感は、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』が下敷きで、それとは逆に、罪の概念を知らないものが知ってしまったために一層悪くなるという部分は、『罪と罰』のパロディー的な展開になっていると思う(「先輩」は『罪と罰』の原典通り、娼婦ソーニャのような女性によって救われる)。このあたり若干観念的なセリフに走りがちではあったが、今までの本谷有希子の舞台にあった鋭さと勢いだけでなく、あらたに深みのようなものが感じられた。一皮むけた本谷有希子の世界が垣間見えたような気がする。

ジュンは価値観というかキャラクターを変えることにより父親に対抗し勝利する。この場面の小池栄子の捨て身の演技がおもしろかった。全体的に小池栄子はテレビで見るよりずっと美しくて品があって、びっくりしたのだった。

そして最後の最後、彼女はある行為により禊ぎを得ようとする。その行為とは……。