オリガト・プラスティコ『しとやかな獣』

オリガト・プラスティコ『しとやかな獣』

作:新藤兼人、演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ/紀伊国屋シアター/指定席5500円/2009-01-31 19:00/★★

出演:浅野和之、緒川たまき、広岡由里子、近藤公園、すほうれいこ、佐藤誓、大河内浩、玉置孝匡、山本剛史、吉添文子

「しなやかな獣」、「しめやかな獣」……、タイトルがなかなか覚えられなかった。1962年に公開された映画台本が原作。

団地の中の一室。そこに暮らす中年夫婦が、贅沢そうな備品を隣の部屋に隠すところから物語ははじまる。やがて訪ねてくる客人たち。かれらは夫婦の長男が勤める会社の社長たちで、長男が集金の際に横領した100万円をかえしてほしいとつめよる。殊勝に応対する夫婦だったが、彼らがかえったあと、いれちがいに帰宅した長男にさらに分け前を要求する。長女は有名な小説家の妾になっていて、この部屋も、もともとは小説家が彼女のために提供したもので、そこに彼らが強引に棲みついてしまったのだ。彼らはその小説家から搾り取れるだけ搾り取るつもりでいる。

この家族もすごいが、さらに上手をゆくのは、さきほど社長といっしょにやってきた会計係の女性だ。長男からさんざん貢がせたばかりでなく、自分の女性としての魅力をあちこちにふりまけるだけふりまいて、駅前旅館のオーナーになろうとしている。

というように、とにかく悪いやつばかりが出てくるが、陰惨なところはどこにもなくて、全編シニカルなユーモアに貫かれた作品だ。

今回ケラさんらしさを抑制してかなり原作に忠実に描こうとしている感じがしたけど、それだからなのか、かえって登場人物のリアリティーが失われていたような気がする。父親が何度か語るようにこの家族には貧困という共通体験があって、それが彼らを強く結びつけているし、平然と悪に手を染める理由もそこにあるわけだが、今そこにリアリティーを感じるには何らかの補助線が必要なのだ。ラストの破滅の予感も、意図的かもしれないけどちょっと弱く感じた。もうちょっと小道具を駆使したりして、これでもかこれでもかと見せつけてもよかったんじゃないかな。

こういう悪人たちの姿をユーモラスに描けるのも高度成長期ならではだ。彼らは、成長の余剰をかすめとっているだけで、本質的には他人から奪っていない(ひとり破滅に追い込まれる人間はでてくるけど)。今みたいな不況下で悪いことをしてお金を稼ごうとすれば、他人のパイを奪うしかないわけで、どうしても悲惨な話になってしまう。