田島正樹『読む哲学事典』

読む哲学事典

事典といっても一般的な哲学の用語や概念の解説がメインではない。「愛と暴力」、「法と革命」という見出しからわかるように二つの概念を衝突させることで、そこから今まで存在していなかった新たな意味を生み出そうとしている本だ。

見出しは26あり、さまざまなテーマがとりあげられているが、その中で共通するのは、すべてを取り込むような包括的な知は存在せず、二律背反的な状況を克服する中で、まったく未知のものが生まれるという考え方だ。このとき生まれるのは「問題解決」という実体であり(問題解決のための潜在的な能力=「自由」)、それは場合によって「美・芸術」、「正義・法」、「私」というさまざまな形であらわられる。

哲学というよりはちょっと政治的な文脈になってしまうけど、「保守主義と左翼」という項がおもしろかった。「右翼」と「左翼」にあたらしい定義をあたえている。祖国が常に潜在的に亀裂や対立を内包すると考えるのが左翼で、祖国を分裂を含まぬ統一体と考えるのが右翼。だから祖国の中で右翼と左翼が対立していると考えるのは左翼だけだそうだ(右翼からみると左翼は外敵に扇動された非国民)。そう考えると、右翼と左翼の話がかみあわないわけがわかる。ただし、これらは具体的な「祖国の危機」の解決方法をめぐる政治闘争になるはずのもので、なんらかの理念の実現と考えてしまうと歴史的決断を見誤ってしまう。

本文では触れられてないけど、さらに根本的に、右翼と左翼では危機があるかないかの判断がわかれてしまう気がする。ただその場合でも、危機を感じている側がその対応のためにしようとしたことは、もう一方にとっては妄想に基づいた愚行で、それは危機といってもいいのかもしれない。

最後にお気に入りの一節を掲げておく。

「暴力に手を汚すことを恐れて(ひとを傷つけることを避けて)、純粋な愛を蒸留しようとしても、カスのようなものしか残らないのである」(「愛と暴力」)。