サンプル『離陸』
兄が弟に、妻と一緒に一晩過ごしてその夜起きたことを逐一漏らさず報告してほしいと依頼する。夏目漱石の『行人』から借りてきたシチュエーションだが、舞台は現代だし登場人物ひとりひとりの個性が際立っている。兄はもともとパフォーミングアーティストで今は大学で教えている。とても繊細で傷つきやすい人間だ。妻は元彼の教え子だった。奔放だが自分を空っぽだと思っていて外から来るものを拒まない。弟はフリーターで現在無職。小説家志望で一つの職を長く続けることができない。倒れた母の介護のために三人は一緒に暮らすことになる。夫婦の間には通常の性的関係はない(代わりに二人で奇妙なパフォーマンスを行う)。兄は女性に性的興味を持てないのだ。兄と弟の間にはホモセクシャルな愛情がある。
こういう奇妙にねじれた三角関係を現実と夢の狭間のような幻想的なシーンと、俳優たち、特に伊藤キムの柔らかい身体の動きで表現してゆく。
すばらしかった。昼の舞台なのに夜の匂いがした。最初演劇を観はじめたときはこういう一見同じ世界の日常を描いていながら実は全然別の宇宙に連れていってくれる感覚に打ち震えたものだが、今ではそういう芝居もめっきり少なくなったし、単なるエンターテインメントとして消化していた。久しぶりに観劇の原点に帰らせてくれる作品だった。
作・演出:松井周/早稲田小劇場どらま館/自由席2800円/2015-10-10 14:00/★★★★
出演:伊藤キム、稲継美保、松井周