野田地図『パイパー』
作・演出:野田秀樹/シアターコクーン/コクーンシート5500円/2009-01-21 19:00/★★★★
出演:松たか子、宮沢りえ、橋爪功、大倉孝二、北村有起哉、野田秀樹、田中哲司、小松和重、佐藤江梨子、近藤良平、藤田喜宏、山本光二郎、鎌倉道彦、橋爪利博、オクダサトシ
その完成度の高さのみならずチケットのとりにくさでも定評のある野田地図だが、主催側でもいろいろ考えていて、会員制で優先予約をできるようにしたりとか、今年からはWWWでも申し込みができるようになっている。ところが、そういうサービスとぼくとの相性が悪い、といってしまうと責任の一端を押しつけることになってしまうので、ぼくの愚かさを誘発しやすくてと書いておくが、去年は申し込みに必要な番号が封筒に印刷されていたのに、即座に封筒を捨ててしまい、今年はWWWで申し込んだつもりが、最後の完了ボタンを押し忘れていたということがあとあと発覚したりした。どうにか一般発売当日に、平日の、側面2階(実質3階)で端が見切れる席を確保した。
さて、舞台は地球からの移民が住み着いて900年が経過した火星。インフラは破壊され食料は乏しく、少しずつ破滅への道を進んでいる。「ストア」と呼ばれる場所に住む姉妹フォボス、ダイモスと父親ワタナベ。そこにワタナベが、若い女マトリョーシカとその息子の天才少年キムを引っ張り込んで一悶着起きる。ワタナベはキムに「死者のおはじき」というものをみせる。それは人間の肋骨に埋め込まれて、その人がみたものをすべて記録するデバイスで、死後取り出してほかの人が自分の肋骨にあてると、その記録をリアルに再生できるのだ。
そうして明らかになる移民がはじまったばかりの火星の姿。今は破壊者として振る舞っているパイパー(笛吹き男という意味があるけど『ハーメルンの笛吹き男』からとったんだろうか。たしかに人間を地球から連れ出した不吉な存在というところが似ている)というロボットたちが、もともとは火星の環境を人が住めるようにし、人々の幸福を高めるための存在だったということがわかる。人の幸福の総和は完璧に数値化されてパイパー数と呼ばれていた。あがったりさがったりするその数値はまるで乱高下する株価のようにみえる。
舞台は未来の火星だけど、これはまぎれもなく現代の地球の物語だ。科学技術の暴走、金融資本主義の崩壊、食べていいものといけないものをめぐる不毛な宗教戦争、人間を人間として条件付けるタブーの存在、少子化(または自滅してゆく世界で子供をつくることの是非)、歴史の改変。それらをわかりやすく善悪どちらかに区分けしたメッセージに堕することなく、そのまま提示している。前半、冗談交じりに語られた言葉が、後半でシリアスなとげを含んだ言葉になってはねかえってくる。
歴史の再生はついには二人の姉妹の過去の真実を暴き出す。廃墟を逃げるようにさまよう松たか子と宮沢りえ演じる母娘が交互に語る風景描写がとにかくパワフルで、涙を流しながら iPod でエンドレスで再生し続けたいくらいだった。
登場人物の一人がいう、希望が絵空事なら絶望も絵空事。だからラストは絵空事じゃない、ちゃんと手で触れることのできる幸福。そして、滅亡へと一直線に向かう世界のなかに永劫回帰的な円環がもちこまれる。これはすごい。