酉島伝法『るん(笑)』
タイトルからちょっとふざけた作品を想像していたが、かなりシリアスなディストピアものだった。
世界観と登場人物が共通する、中編といっていいくらいの長さの作品が3篇収録されている。舞台はおそらく未来の日本。そこでは合理的な思考や科学知識が蔑まれスピリチュアルなものが生きる上での共通の基盤になっている。それは衆愚化といえるものではなく実際にスピルチュアルなものが効果をもつ世界になっているようなのだ。言霊がリアルな力をもち、龍が実際に生きて動いていたり、肉体が滅びても魂だけ「触れ合いの街」という別の街に旅立つことになっている。
『三十八度通り』は土屋という若い男性が毎夜緯度38度線に沿って地球を少しずつ一周する夢をみるというところからはじまる。その夢は現実的な効果を持ち、発汗してのどが渇いたり、日焼けしたり、体調が悪くなったりする。スピルチュアルな意識が高い妻真弓にかくれて彼はモグリの医薬品を買って服用する・・・・・・。
『千羽びらき』は、真弓の母美奈子が主人公。彼女は重度の蟠り(今の言葉でいうガン)ができ、最初丙院(今の言葉で病院)に入院するが、すぐに退院しさまざまなスピリチュアル系の治療をおこなっていく。治療をおこなう施霊コーディネーターから蟠りは虫が番になると書いて繁殖しそうなので、今は「るん(笑)」と呼ぶようになっているという話をきく・・・・・・。
『猫の舌と宇宙耳』は、美奈子の孫(真弓の甥)、小学生の真が主人公。ほかが重めの話のなか、これはわくわくして楽しい冒険譚だ。もうすぐ引っ越してしまう同級生と一緒に龍の骸が埋まっているという裏山を探検しようとする・・・・・・「にろりろ」とか「しとど」とか、発音や語彙がかわっていて、子供たちがつかう言葉が可笑しい。
戦争、龍の出現、こうなったのにはいろいろ経緯がありそうだけど、そのあたりはうっすらとしか描かれていない。相互監視で同調圧力が強い、日本社会の閉鎖性を煮詰めたようなスピリチュアリティは個人的にとてもとても息苦しいが、それを垣間見る怖いものみたさ全開の読書体験だった。最後はスピリチュアルの希薄な、保容所とよばれる「地方出身者」の居住施設がどんどん広がってスピリチュアルな世界を取り囲むという予感が語られて、それがちょっと希望に感じられた。
★★★