多和田葉子『百年の散歩』ebook

百年の散歩 (新潮文庫)

十編からなる短編集。

作者自身を思わせる語り手の日本人女性が、歴史上の著名人の名前のついたベルリンの通りや場所を、散策する。基本的に、描写されるのは現代の日常風景なのだけど、その場所に積み重なった歴史や、名前のもととなった人物に関する幻想が混入する。後の方の作品になるに従って幻想の強度は増大し、子供の幽霊にお菓子をねだられたり、自分が詩人のマヤコフスキーになって恋人とその夫の親友と対峙したりする。

とりとめのない彼女の散歩に目的らしきものを与えるのは「あの人」の存在だ。彼女はそれぞれの場所で「あの人」と待ち合わせをしているのだが、「あの人」があらわれることはない。『ゴドーを待ちながら』のゴドーみたいな象徴的な存在かと思いきや、後半の作品で「あの人」は長年一緒に暮らしているパートナーであることが明かされる。二人は対照的で、都会好きで好奇心にあふれる語り手に対し、「あの人」は保守的で田舎暮らしを好む。この関係性が、幻想を方向づける。

ベルリンだけでなくほかの都市編も作れそうな気がする。読みたい。

★★