ケン・リュウ編(大森望、中原尚哉、他訳)『月の光 - 現代中国SFアンソロジー』ebook

月の光 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

『折りたたみ北京』に続いてケン・リュウ編による中国SF短編集。今回は14人の作家による16編の作品が収録されている。

以下に作者と収録作のリストを掲げる(『折りたたみ北京』にも収録されている作家には※をつけた)。

夏笳(※)『おやすみなさい、メランコリー』- 鬱病の人の心のケアをするための人工知能ロボットのエピソードと、アラン・チューリングと彼が作った(架空の)会話プログラムクリストファーのエピソードを交互に描いている。

張冉『晋陽の雪』 - 中編といっていいくらいの長さ。篭城の末に宗に滅ぼされる直前の北漢の首都晋陽を舞台にしたタイムトラベル、歴史改変もの。

糖匪(※)『壊れた星』 - 女子高生が主人公の幻想的なホラーという説明に収まらない奇妙な味の物語。

韓松『潜水艇』、『サリンジャーと朝鮮人』 - 前者はノスタルジックなテイスト、後者は一転して北朝鮮が世界を征服した時間線におけるサリンジャーの晩年を描いた奇妙な作品。

程婧波(※)『さかさまの空』 - SFというよりファンタジーに近いショートショート。

宝樹『金色昔日』 - これも中編に近い長さの作品。中国を中心とした近現代史の出来事が逆の順番で起きていく。20世紀は戦争の世紀なので、そのままの順序だったとしても、悲惨な境遇に陥ることになるが、逆順だとさらに救いがない。

郝景芳(※)『正月列車』 - 時空をこえる列車が行方不明になった事件に関するニュース中継のショートショート。

飛氘『ほら吹きロボット』 - 世界一の嘘吐きになるという使命をおびたロボットのr寓意にとんだ冒険を描いた作品。個人的に一番好きな作品。

劉慈欣(※)『月の光』 - 言わずと知れた『三体』の作者。未来と科学技術に対する楽観と悲観のいりまじった複雑なテイストの作品。

吴霜『世界の果てのレストラン - 臘八粥』 - なぜか解説に言及がないけど、ダグラス・アダムズ『銀河ヒッチハイク・ガイド』シリーズの第2作『世界の果てのレストラン』の設置を一部借りて、シリーズを書き続けているようだ。これはその一つ。

馬伯庸(※)『始皇帝の休日』 - 始皇帝がゲームファンだったらという着想がおもしろい。

顧適『鏡』 - 完璧な予知能力をめぐる物語。物語の構成やストーリーテリングの完成度は収録作中でベストな気がする。

王侃瑜『ブレインボックス』 - 愛する人の生前の最期の記憶をそのまま体験できる装置があったら。SFという枠をこえてリアルな苦みが描かれた作品。

陳楸帆(※)『開光』、『未来病史』 - 劉慈欣とならぶビッグネーム。前者はかつての日本のSF作家たちがいかにもかきそうな話。後者はもっと実験的で、技術の発展にともなう新たな出現する病気についての思考実験的な作品。

収録作の全体的な完成度は『折りたたみ北京』にほうが上だった気がするけど、バラエティーという点では本書のほうが勝っている。とにかく多様だ。巻末に収録されているエッセイを含めて、今いかに中国SFが盛り上がっているかがよくわかるアンソロジーだった。

★★★