村上春樹『アフターダーク』

アフターダーク

目にしているのは都市の姿だ。

長い冬の夜。物語は23時56分のファミリーレストランからはじまる。ふつう三人称で語られる小説の語り手は決して表面に現れず、特権的な高みから淡々と物語るものなのだけれど、この物語では、視点の移動があからさまに語られ、彼(ら)あるいは彼女(ら)は自分(たち)のことを「私たち」と呼ぶ。彼(ら)あるいは彼女(ら)は純粋に視点だけの存在だが、感情をもっている。

視点は、郊外の住宅の一室、ラブホテル、コンビニ、人気のないオフィス、公園、と目まぐるしく夜の街を移ろいながら、暗がりの中に切れ切れの物語のスライドを投影してゆく。

技巧の凝らされた作品だが、その中を貫くメッセージはシンプルに研ぎ澄まされている。それはつまり「ゆっくり歩いて、たくさん水を飲む」あるいは「たくさん歩いて、ゆっくり水を飲む」ということだ。

6時53分。夜はようやく明けたばかりだ。次の闇が訪れるまでに、まだ時間はある。

★★★