村上春樹『一人称単数』

一人称単数

2018年7月から2020年2月までに雑誌に掲載された作品を中心にした、8編からなる短編集(表題作の1編だけ書き下ろし)。

各作品から共通項をくくり出すと、自分の過去の作品(未発表のものを含む)がなんらかの形でベースになっているものが3編(もし『石のまくらに』の短歌を含めていいなら4編)、不可解だったり謎めいた面をもつ女性が登場する作品が5編、主要な登場人物が関西弁を話す作品が2編、そして村上春樹本人と思われる一人称の語り手をつとめる作品が8編、つまりすべてだ。

村上春樹作品は一人称「僕」で書かれている作品が圧倒的多数だが、これまではそれを等身大の村上春樹自身と重ね合わせることのできる作品は少なかった。それが本書では全作品がそうなっている。村上春樹は関西出身なのにこれまでの作品にはほとんど関西方言が登場しなかったのに、今回2作も自然な形で関西弁を話す人が登場するのも、同じ方向性のことかもしれない。本書が『一人称単数』というタイトルなことからして、意識的なことなのだろう。

冒頭から読み始めたときは、ひとりの人間の等身大のサイズに狭苦しさを感じたけど、途中からは、その狭さを楽しめるようになってきた。個人的なベストは『ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles』だ。ガールフレンドのお兄さんとの偶然の、ちょっと居心地の悪いひとときが、なんだかとてもいとおしい。

★★★