アロッタファジャイナ『安部公房の冒険』

安部公房の冒険

安部公房という名前をきいて、その作品世界からの引用をちりばめたシュールな作品をちょっと期待していたが、彼の後半生にリアルに焦点を当てた作品だった。おそらくは2013年に出版された俳優山口果林さんの回想記がベースになっているのではないだろうか。彼女をモデルにしたとおぼしきあかねという若手女優と安部公房、そして彼の妻で舞台美術家の真知の間の三角関係がひとつの軸だ。

そしてもうひとつの軸が演劇人としての安部公房。ぼくの中では安部公房は小説家で、昔から何冊もその作品を読んでいるが、演劇を定期的にみるようになった今もまだ、安部公房と演劇という取り合わせはピンと来ない。戯曲をいくつも執筆し、自ら演劇集団を主宰していたが、1983年にふっつりやめてしまったせいか、同時代に活躍した寺山修司や唐十郎(彼らの名前は今回の舞台にも登場する)と比べて現代日本演劇に残された足跡がはっきりみえてないのはほんとうに残念なことだ。今回のこの公演はその状況に一石を投じるという意図があるのかもしれない。

テレビが普及した時代こその演劇の可能性を熱弁して、演劇と医者は似ているとか、寺山や唐の芝居を湿っぽい日本情緒にあふれていると切り捨てるセリフが興味深い。

ひとつ印象的だったエピソードが、安部公房の母親安倍ヨリミが小説を書いていたという話だ。安部公房を身ごもっているいるときに生涯ひとつだけの長編小説を書いたそうなのだ。『スフィンクスの笑い』というタイトルで講談社文芸文庫で入手可能らしい。これは是非読んでみたい。

企画・脚本:松枝佳紀、演出:荒戸源次郎/新国立劇場小劇場/S席6000円/2014-08-30 18:00/★★

出演:佐野史郎、縄田智子、辻しのぶ、内田明