チェルフィッチュ『地面と床』
衰退と戦争のふちにある近未来の日本。ある家族を通して生者と死者それぞれの倫理の葛藤を描く。
母は亡くなって地面の下で眠っている。いや幽霊として歩き回っている。その姿は長男由多加の妻遥には見える。しかし彼女は霊の存在やささやかな要求を徹底的に無視する。対照的なのが次男由起夫だ。ことあるごとに母の墓を訪れて話しかける。ただし彼には母の霊はみえない。母(幽霊だが)、由起夫、そして由多加・遥夫婦の間に越えられない壁がある。
この対立は死者(つまり過去、パトリ)に対するスタンスの違いだ。母は自分を忘れないでいてほしいと訴えかけ、由起夫は自分が生まれ育った土地に積極的にコミットしようとする。つまり彼は愛国者、パトリオットだ。由多加と遥は現世的でリベラルな人間であり、社会活動に参加したりもしているが、死者には無関心で冷淡だ。特に遥は今では社会活動から手をひいて、自分の幸福だけがすべての冷たい利己的な人間にみえている。だが、彼女は日本に完全に絶望し、生まれてくる子供のために国外への脱出を考えているのだ。彼女は自分一人でもいく決意だ。だから実は壁は遥とそれ以外の3人の間にあるのかもしれない。彼女は子供(=未来)のためにすべてをすてる覚悟なのだ。
芝居の中では、どちらかの倫理が正しいという描き方はされない。非常に考えさせる演出だ。最後に遥は由起夫に別れを告げるために会う。二人はすれちがったままさよならの挨拶をかわす。苦い和解だ。
メロドラマにひたるのもいいけど、こういう舞台の外の世界を考えさせられる社会派のドラマもいい。ありきたりな社会批判はしらけてしまうものだけど、今回の深い洞察とバランス感覚、そして「保守」という立場を死者自身と死者に対する愛に代弁させた構想力はすばらしかった。
作・演出:岡田利規/神奈川芸術劇場大スタジオ/自由席3500円/2013-12-21 14:00/★★★★
出演:山縣太一、矢沢誠、佐々木幸子、安藤真理、青柳いづみ