KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『アメリカの時計』

アメリカの時計

『アメリカの時計』はアーサー・ミラーの後期に書かれたあまり知名度の高くない作品だ。エンタメに振り切った改訂版は興行的に成功したようだが、この舞台は改訂前のバージョンがベースになっている。舞台は大恐慌時代のアメリカ。大恐慌は名前だけであまりよくわかっていなかったのだけど、今回ちゃんと知れたのは収穫のひとつだ。1929年の株価大暴落にははじまり、GDPが恐慌前の水準に一時的に回復したのはなんと1936年で最終的には第二次大戦による軍需をまたなくてはいけなかった。

冒頭はジャーナリスティックな群像劇という感じで大恐慌の発生をとらえる。破滅する投資家たちやアイオワで土地や農具を競売にかけられる農夫たち。最初ナレーターを事前に恐慌を察知し無傷で乗り切った投資家アーサー・ロバートソンがつとめるが、裕福な暮らしから恐慌でどん底まで没落したボーム家の物語へと移行するに従い、恐慌発生時はまだ少年だったボーム家の長男リー・ボームの語りが前面にでてくる。

「信じる」がこの戯曲のキーワードのひとつだ、リーは信じることができない人間として描かれる。経済システムは今日より明日が良くなるという信頼なしにはまわらない。ただそういう要素が物語のコアに触れることなく流されてしまうのは戯曲の弱い部分かなと思う。リーはふつうにそれなりのスポーツ記者として成功することになり、葛藤は特になさそうだ。

100年近く前のアメリカの物語だが、どうしても現代日本を重ね合わせたくなる。大恐慌と相似なことがきわめてゆっくりしたペースで進行している。信頼は徐々に削り取られていて実はもう残ってないのに、まだあるかのように振る舞っている。その欺瞞が社会全体を覆い尽くしている。まったく違う世界の出来事ではない。

作:アーサー・ミラー、飜訳:高田曜子、演出:長塚圭史/神奈川芸術劇場大スタジオ/指定席7600円/2023-09-17 14:00/★★

出演:河内大和、矢崎広、中村まこと、シルビア・グラブ、大谷亮介、瑞木健太郎、天宮良、武谷公雄、田中佑弥、大久保祥太郎、関谷春子、斎藤瑠希、佐々木春香