フィリップ・K・ディック(浅倉久志訳)『高い城の男』

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

第2次大戦で日本、ドイツなどの枢軸国側が勝利した世界を舞台にした歴史改変もの。戦争終結が1947年で、この小説の中ではそれから15年後の1962年のアメリカだ。アメリカは3分割され、東部はドイツの傀儡国家で、西海岸は日本の傀儡、中西部は緩衝地帯になっている。ドイツは戦争に勝利してからもジェノサイドの手をゆるめず、世界各地でユダヤ人以外にもおぞましい虐殺をおこなっていた。対照的に日本はそれなりに人道的に統治を行っており、登場する日本人も高潔で穏健な人ばかりだ。1962年の時点で世界は概ね平和だが、次なる波乱の兆候はすでにその姿をあらわしはじめていた。

という舞台設定の下、複数の主人公たちが内面を吐露しながらそれぞれの立場からみえるこの世界のありさまを描写していく。支配階級の日本人にへいこらしながら卑屈に生きるアメリカ人アンティーク商チルダン、工場をくびになったばかりのユダヤ人の職人フランク、彼から去り遠い町で暮らす妻ジュリアナ、日本人の高級官僚田上、何やら秘密の顔があるらしきスエーデン人ビジネスマンバイネス。彼らのうち何人かはその世界で話題の小説『イナゴ身重く横たわる』を読んでいる。この小説では、第2次大戦で米英が勝ち独日が負けた世界のことが書かれている。今のぼくらの世界とは歴史の流れが異なっていて、ソ連はなくなり米英はプチファシズム化して、互いに争っている。ドイツの統治地域では発禁になったが日本の統治地域ではまだ合法的に読めるのだ。もうひとつ登場人物たちがはまっているのが易経だ。コインをなげ、笙竹をしごき、あらわれた結果から人生に関する教えを得る。

最初から最後まで引き込まれっぱなしだったが、特に後半すごかった。チルダンが若い日本人エリート梶浦から贈り物にしたブローチを突き返される誇りに目覚めるシーン、田上が徘徊する表と裏のサンフランシスコの町、そして彼がさりげなく行う英雄的な行為、ジュリアナが『イナゴ身重く横たわる』の作者アベンゼンに会い、小説の「ほんとうの」作者を知るシーン。読んでて背筋にびんびんきた。ディックのみならず20世紀文学の古典といってもいいだろう。

再読だが、すっかり忘れていた。そもそも初回読んだときは焦点のはっきりしないよくわからない小説だと思ってしまったのだ。こどもだったな。

ドラマ化の企画が進行しているらしいので、そっちも楽しみだ。